第5話

 僕が五歳となったときより更に三年。

 母親を治すための薬の材料を手に入れるために外へと飛び出す目安として定めていた八歳となった僕はせっせと準備を始めていた。

 何の準備かって?

 そりゃもちろん夜逃げのに決まっている。


「……これで良し」

 

 誰もが静まり返った夜。

 我が家の宝物庫からくすねてきた良さげの短剣を二つと外套を一つ。大量の金銭に保存食。

 自室に残した『数年間、お外に遊びに行ってきます。誘拐とかじゃありません。心配しないでください』という手紙。

  

「準備は完璧だ」

 

 僕が現在勉強中の時空間魔法についての本を持てばもう完成だ。

 いつでも夜逃げすることが出来る。

 今日、僕はフォーエンス公爵家の屋敷から逃げ出してこの広い世界へと羽ばたく。


「影よ、我を纏うて隠したまえ『陰影の窓掛』」

 

 魔法を発動し、自分の姿形を隠した僕はフォーエンス公爵家の屋敷から抜け出す……レリシアは強力だ。

 彼女から僕は未だに近距離戦で白星を挙げたことがない……慎重に出なければ捕まる。

 魔法を使わず、音を立てずに自室の窓から飛び降り、そのまま屋敷の門を抜ける。

 そのあとも徒歩である程度離れてから飛翔魔法を発動。

 空へと飛びあがる。


「……ここまで来たら大丈夫かな?」

 

 フォーエンス公爵家が仕える我らが母国、タレシア王国を抜け、我が国と国境検査なしで国境の移動を許可するというフォンス条約を結んでいるアレシア公国へと入国。

 アレシア公国からはちょっとした裏技を使いながら国境をいくつか超え、最終的にラレンシア王国へと僕はたどり着いた。

 ここが僕の目的地……ここで出会っておきたい人とやらなきゃいけないことがあるのだ。


「……一睡も出来なかった」


 移動をこなす頃には既に夜が更け、朝。

 結局僕は睡眠をとることが出来なかった。


「まぁ、朝寝れば良いよね。とりあえずは宿を探さないとな……結構お金は持ってきているけど、これから二、三年は一人で暮らしていくことを考えるとそんな贅沢は出来ないよね。最高級の宿じゃなくてそこそこ良い宿にしておこうかな」

 

 未だ齢八歳……ついでに言うと僕は背が伸びるのが遅いこともあってその年齢よりも更に幼く見える僕が良さげな宿を取ろうとすることに困惑する宿の受付との格闘の末、ようやく借りることが出来た宿屋の一室に置かれたベッドへと僕は体を倒す。


「……おやすみなさい」

 

 そして、僕は瞳を瞑り意識を闇へと落としたのだった……本格的に動くのは明日からで良いだろう。

 今は英気を養うとき……うん。そうだよ。

 

 

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