№20 おわかれ

 三人を玄関先まで見送り、ハルは一息つきながら少しさみしい気持ちになった。


 お誕生日会の終わりというものは、だいたいこんなセンチメンタルな気分になる。また会えるというのに、もう二度と会えなくなるような気がしてしまうのだ。


 パーティーの後片付けもしてもらって、部屋にはいつも通りの静寂が戻ってくる。さっきまでの騒がしさがウソのようだ。


 ぽつんと取り残されたような気になって、夕日の差す自室で、つい長く伸びた自分の影に向かって語りかけてしまう。


「……さみしいな」


 ほろ苦い思いが胸いっぱいに広がり、吐き出すように続けるハル。


「こういうとき、君が隣にいてくれたらって、すごく思うよ」


 感傷的な気分を受け止めてくれる存在が、隣にいれば。それはひどく自己中心的な考えだったが、ハルは他でもない影子にこのさみしさを慰めてほしかった。


 ……それも、今は無理か。


 悟ったように語り掛けるのをやめたハルだったが、次の瞬間、にゅ、と影から黒いセーラー服姿が伸びあがってきた。


 久しぶりに見る影子だ。


「影子……!」


 よろこびなかば、驚きなかばで名前を呼ぶと、影子はいつになく真剣な顔をした。怒るでもない、泣くでもない、ただただ覚悟を決めた顔だ。


「誕生日おめでとうな、ハル……なんも用意してねえのはカッコ悪ぃけど」


 珍しくハルのことを名前で呼び、改まった口調でそう告げる影子。


「これからいい一年……いや、いい人生歩めよ。アタシとの約束だ」


「ちょっと、影子……どうしたの?」


 ただならぬ様子にハルが慌てると、影子はまっすぐにハルの目を見詰め、きっぱりと言った。


「ケジメつけなきゃいけねえと思ってな」


「ケジメ?」


「やっぱ、アタシみてえなクソ女はアンタにはふさわしくなかったんだ、って」


 そんなことはないよ!ととっさに口にするより先に、影子は続けた。


「下品で、無様で、自分勝手で……アタシよりもふさわしい相手が、アンタにはいるんだ」


 影子以外と、などと考えたこともないハルにとって、それはまるで突き放すような言葉だった。影子以上に自分にふさわしい相手など、いるはずがない。


 影子しかいないのだ。


 そう伝えたくても、うまく言葉が出てこない。いや、伝えたい言葉がたくさんありすぎて、喉の奥で大渋滞を起こしているのだ。


 そうしている間に、影子は表情をかげらせた。


「正直、アンタを喰うことも考えた。それで一生いっしょにいられるなら、ひとり占めできるなら、ってな。前の主人と同じように、アタシの中で」


 無意識に腹をさする影子は、そこまで思い詰めていたのだ。あれほど過去を後悔していた影子が揺らいだのは、揺らぐだけの理由があったからだ。


 その理由とは、ハルへの愛情だ。


 こころを病むほどの愛がなければ、そこまで考えたりはしない。


「……けど、アンタがしあわせに生きててくれりゃ、アタシはそれでいいんだって気付いた。アンタをしあわせにするのは、アタシじゃなくてもいい。いや、アタシにはできっこねえんだ。だから、アタシはアンタを解放する」


 解放? なにを言ってるんだ、影子は??


 ハルにはさっぱり理解できず、ただ混乱するばかりである。


 そうしている間に、影子はふっと笑って、


「少しの間だけど、アンタの恋人でいられてよかった。大切な思い出がたくさんできた。恋の仕方を思い出せた。勇気をもらった。だから、アタシはこの思い出だけを連れてアンタの前から消えるよ」


「消えるって、そんな……!」


「安心しろよ。明日の決戦以降も、アタシはアンタの従者だ。必ずアンタを守る。ただ、恋人はもうおしまいなだけだ……今まで、いい夢見せてくれてありがとな。短い間だったけど、アタシはたしかにしあわせだった」


 ぽろ、といびつな笑みを浮かべる影子の頬に涙が伝う。それはいくつもいくつも連なって、白い頬にたくさんの痕を残した。


「……だから、アンタもしあわせになれよ。きっと、しあわせになってくれ。今のアタシが望むのは、それだけだ。アンタがしあわせになるのなら、アタシには何も残らなくていい。だから……」


 くしゃ、と笑みが崩れる。影子はとうとう顔を覆って肩を震わせ始めた。あとからあとからあふれてくる涙をせき止めようとしても、どうにもならない。

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