№18 お誕生日会だったはずの日

 どれだけ呼びかけても、影子は影から出てこなかった。


 もはや時間が解決してくれることを望むしかないのか……と、自室でため息をついて、ひとりベッドの上で途方に暮れる。


 そういえば、今日はお誕生日会の予定日だった。決戦の日を知らされて、急遽前倒しになったのだ。


 とはいえ、首謀者の影子がいなければ開催されることはない。今日はなんでもないただの休日だ。


 ただいたずらに消化されていく時間に、少しのいら立ちを覚える。こんなはずではなかった、そんな思いが募るばかりだ。


 なぜあのときああしなかったのか……後悔ばかりがハルを責め立てる。


 そんなときだった。


 ぴんぽーん、と自宅の呼び鈴が鳴る。宅配でも来たのか、と家人のいない今、ハルがインターフォンで応じることにした。


 階下に降りて、モニターをオンにする。


 そこには、そわそわとした様子のミシェーラが写っていた。


「ミシェーラ!?」


『あ、ハル! ヤホー!』


 インターフォン越しにミシェーラが顔を上げた。とりあえず上がってもらおうと急いで玄関のドアを開けに行く。


 扉を開くと、たしかにミシェーラだった。当たり前だが。


「どうしたの? なにかあった?」


 戸惑うハルがそう尋ねると、ミシェーラは照れくさそうに笑って、


「だって、カゲコに言われたんだもん、今日お誕生日会だって」


「けど、影子はまだ……」


「それでも、お誕生日会は今日なの! せっかくカゲコが計画してくれたんだから、ワタシだけでも、と思って」


「……ミシェーラ……!」


 改めて、ひたすらにいい子だと思った瞬間だった。


 ハルはミシェーラを自室に上げて、お茶を出した。しばらくふたりでああでもないこうでもないと歓談していると、また呼び鈴が鳴った。


 今度こそ宅配か、と一言断ってから階下へ向かう。


『よ、塚本!』


「先輩!?」


 今度は倫城先輩だ。さわやかに笑って片手を上げている。


 玄関ドアを開けると、先輩はにっこりして、


「今日だったよな、お誕生日会」


「でも……」


「塚本影子がヘソ曲げてるからって、お誕生日会までナシにすることないだろ。せっかくプレゼントまで用意してたんだから」


 先輩まで。みんなして、どうしてこう……


 少し泣きそうになったハルは、先輩も自室に案内した。


「ミシェーラ、奇遇だな」


「あ、先輩もおんなじこと考えてたんだネ!」


「だよなあ」


 くすくす笑いあっているふたりをよそに、またしても呼び鈴が鳴った。もう予想はできているが、ハルはせわしなくまた階下に降りていき、玄関ドアを開ける。


 ふてくされた顔の一ノ瀬が立っていた。


「……なんで一ノ瀬まで……」


「別にあんたのお誕生日会なんてどうでもよかったんだけど、万が一影子様がいらっしゃったらと思って」


 そう言いながらも、片手にはしっかりとプレゼントボックスを持っている。


 一ノ瀬も自室に上げると、いつものメンツが勢ぞろいした。


「なんだ、みんな考えることは同じなんだな」


「だって今日はお誕生日会だもんネ!」


「ねえ、影子様は?」


 わいのわいの、狭い自室はみっしりとひとで埋まっている。そのにぎやかさが、ハルのこころを慰めてくれた。


「なんだ、これじゃいつもと変わらないな」


「……ですね」


 あたたかい苦笑いを浮かべながら、ハルが応じる。


 誰もがハルの誕生日を祝いに来てくれた。示し合わせたわけでもなく、いつもの面々が集まってくれた。それだけで、ハルは充分に癒された。


「そうだ! カゲコはいないけど、これからお誕生日パーティーしようヨ!」


 ミシェーラの呼びかけに、それぞれがうなずいた。


「いいな。明日の壮行会も兼ねてやっとくか」


「パーティーしたら影子様もいらっしゃるかもしれないし!」


「じゃあ早速準備しなきゃ! 近くにイオンあったよネ!?」


「おー、あったな。百均もあるし、スーパーもあるし、ちょうどいい」


「じゃあ私、ピザ頼んで受け取るから、あんたたち勝手に行ってきなよ」


「ピザは一ノ瀬ちゃんにお任せで、ワタシたちはチャリでイオンにゴー!」


「あ、あの、そこまでしてもらわなくても……」


『黙って祝われろ!』


 口をそろえて言われて、ハルはそれ以上何も言えなくなってしまった。


 そして、ハルとミシェーラ、先輩は、自転車に乗って近くのショッピングモールまでやってきたのだった。


 百均でクラッカーや三角帽子、飾りつけのバルーンなどを買ったり、スーパーでパーティーっぽいお惣菜を買い込んだり、ケーキ屋でホールケーキも手に入れた。


 ハルは何度も『そこまでしなくてもいいから!』とふたりを止めたが、パーティーフィーバーに陥った先輩とミシェーラは聞く耳をも持たず、小学生のお誕生日会ばりの盛り上がりで着々と用意を進めていく。


 自転車のかごをいっぱいにしながら帰り着くと、一ノ瀬がちょうどピザを受け取っているところだった。部屋中が香ばしい。


 簡単に飾りつけをして、ピザやお惣菜を盛りつけ、ケーキにローソクを立て、グラスにシャンメリーを注ぎ、全員が三角帽子と鼻眼鏡を装着し、これで準備は整った。

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