ノラカゲ!The Last Season ~Sadistic Stray Shadow Servant, She Said So Satisfied!~

№1 メモワール

 20時14分発、博多発東京行きの新幹線は、予定通りに出発した。


 ゆっくりと速度を速めていく外の景色は、市街地を抜ければ真っ暗になるのだろう。指定席の乗客は、自分と同じような出張帰りのサラリーマンや外国人観光客でほぼ満席となっており、早くも一杯やっているスーツ姿もぽつぽつと見受けられる。


 暗くなっていく車窓に映る自分の横顔を見やる。そこには、三十代の疲れた顔をした男がいた。それもそうだ、ここ三日間朝から晩まで駆けずり回って、ようやく帰途に就くのだから。酒が飲めれば自分も一杯飲みたいものだった。


 中年と呼ぶにはまだ早いが、決して若くはない横顔から目をそらして思う。


 あれから二倍も年齢を重ねたのだ、これくらい老けてもおかしくはない。


 全国をドサ回りするような日々は、多忙極まりなかった。あちらこちらで揉め事があり、それに首を突っ込んで解決する。やっていることは今も昔も変わらないが、ついてまわる責任は比にならなかった。


 酒の代わりに缶コーヒーを飲みながらぼうっとする。報告書をまとめなければならないが、今はパソコンを開く気分ではなかった。


 あれから17年か。


 もうそんなになるのか、という思いと、まだそれだけしか経っていないのか、という思い。


 17年の歳月は、ひとを変えるには短すぎ、ひとが変わるには長すぎた。


 そうだ、17年前のあの日、自分は世界を救ったのだ。


 大げさに言えばそうなるが、実際のところ、なるようになっただけだった。すべては始まった時から決まっていた。運命という言葉は好きではないが、最初から定められていたように事は運んだ。


 その結果、今の自分があるのだが。


 もはや真っ暗になった車窓のブラインドを下ろし、しばし物思いにふける。


 17年前のあの日、自分は何をしたのか?


 なにを選んでなにを選ばなかったのか?


 少しの間、思い返すのも悪くはない。


 


「おっはよー、ダーリン♡」


 定刻通りのモーニングコールで、ハルは今日も目を覚ました。寝ぼけまなこで見上げると、いつも通り影子が腕を組んでにやにやとハルの上にまたがっている。


「……おはよう、影子……」


「あー、まだ起きてねえな? 三秒以内に覚醒しねえと襲っちゃうぞ♡」


「……わかってるよ……」


 このまま彼女に襲われたら、男の沽券にかかわる。すぐにスイッチを切り替えて、ハルは起き上がって大きく伸びをした。朝だ。


 膝に影子を乗せたまま、ぎゅうと抱きしめてはっきりと告げる。


「今度こそ、本当におはよう」


「おー、えらいえらい! んで、昨日はアタシで何発抜いたんだ?」


「……んー、三発くらい?」


「よしよし♡ 元気でよろしい♡」


 寝癖だらけの頭を撫でられ、ハルはしみじみと思った。


 ここ最近の影子は、求愛行動が加速している。以前はハルが押せば引いてしまうようなところがあったが、久太の件があってからはむしろ自分から積極的にその流れに乗っていくスタイルに戻っていた。


 なんのことはない、小学生の恋愛が中学生の恋愛になっただけだ。


 影子も成長したんだなあ、と頬に軽いキスを落とし合いながら感慨深い気持ちになった。


 朝のスキンシップが終わると、影子は一旦影に戻り、ハルは登校の支度をして家を出る。そして、出てきた影子と手を繋いで学校へ向かうのだ。


 いつになく上機嫌な影子を横目ににぎにぎと手を握ると、影子が握り返してくる。指を絡めて歩いていると、影子が急に口を開いた。


「なあなあ、今度アンタのザーメンちょうだい?」


「ぶほっっっっっ!!」


 あまりにも唐突すぎるおねだりに、さすがにハルも盛大に吹いてしまった。


「シコったあとのゴムに残ったやつでいいからさー」


「君はなにを言い出すんだよ!? っていうか、なにに使うんだよ!?!?」


 理解が追いつかず突っ込むことしかできないハルに、影子はにんまりと悪そうな笑みを浮かべた。


「思いびとの精液と自分の経血を混ぜ合わせて、新月の夜にニワトリとワインを用意した魔法陣に捧げると、その愛は永遠になるんだってさ!」


「やめて!? なにその黒魔術!?!?」


「アンタもヤボだな。乙女のおまじないだよ♡」


 乙女のおまじない、と呼ぶにはあまりにも真っ黒な儀式に、久々にハルもドン引きした。どちらかというと呪いに近いような気がする。


「……ふふふ……浮いてるもんなら藁にでもすがるぜ!」


 どこか病んだ笑みを浮かべる影子が堂々と宣言する。


 ヤンデレだ。


 まごうことなくヤンデレが爆誕していた。


 ハルを思う気持ちが大きすぎるあまり、その愛はひたすらに重くなってしまった。藁にでもすがる、というのはあながち誇張表現ではなさそうだ。


 中学生の恋愛のおそろしさを垣間見た気がした。


「ってことで、ザーメンちょうだい♡」


「聞いたらなおさら渡したくなくなったよ!」


「ちぇ、ケチ」


 口を尖らせ、手をにぎにぎする影子。その様子はヤンデレとはいえ、実に微笑ましいものだった。


 まあ、こういうのもいっか。


 手を握り返し、ひとりでこっそり笑うハルは、影子といっしょに登校の途に就くのだった。

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