№40 未来についてのエトセトラ
「おっはよー、ハル、カゲコ!」
「おはようございます、影子様♡」
「よっ、塚本! おはようさん!」
ふたりで手を繋いで登校していると、いつものメンバーが次々と合流していく。もう影子は、みんなの前でも手をほどいたりはしなかった。指を絡めたまま、ハルは先輩に、影子は一ノ瀬に捕まっている。
もうすぐ春が来る。先輩はもうすぐいなくなって、自分たちは高校三年生になるのだ。本格的な受験勉強が始まり、一気にあわただしくなるだろう。
そして、ハルも同じ名前の季節に、またひとつ年を取る。この一年であまりにも環境が変わりすぎて、去年の誕生日のことが思い出せないほどだった。
「先輩、大学合格したんだし、別に登校しなくていいんじゃないですか?」
肩に腕を絡める先輩に言うと、さわやかに笑って、
「いや、塚本に会いたくて」
「……あ、そっすか……」
どこまでもあきらめない男だな、と呆れ半分、賞賛半分でハルは肩をすくめてため息をついた。
「影子様ぁ♡ 私、来年度も影子様と同じクラスになれるように牛の刻参りしてるんです♡」
「ド腐れバカが。牛の刻参りは誰かを呪い殺すってやつだろ。お脳みそまでメス豚菌に感染してやがんのか、移るから近寄るな」
「ふひいいいいいいい♡ 影子様ああああああああ♡」
げしげしと一ノ瀬を蹴る影子は、しかしつないだ手を離しはしなかった。ハルもがっちりと捕まえるように手を握る。
「妬けるねえ」
「なにせ僕の大切な彼女なもので」
冷やかす先輩に、ハルは涼しい顔で宣言した。
「ところで、進路は考えたのか?」
急に話題を変えられ、ハルはぱちぱちとまばたきをする。そういえば、先輩にも相談して、まだ進路希望調査票も出していなかった。
「ああ、それですか」
「なんだよ、忘れてたのか?」
苦笑する先輩に、ハルは続けて言った。
「いえ、ちょっと考えたことがあって……」
「塚本はいつも考え事してるな」
「茶化さないでくださいよ……僕、影で暗躍するのが得意だし、ASSBや対策本部、逆柳さんが組織の中でやりにくさを感じてるって今回のことで実感しました」
派閥争い、内部抗争、内輪揉め。そんなつまらないことで大切ないのちが失われるようなことがあってはならない。ハルは続けた。
「それで、今後僕たちみたいな『影使い』がちゃんと生きていけるような世界にするためには、組織を動かすちから、政治が必要だって思ったんです。だから、僕は官僚になろうかな、って」
「政治家じゃなく?」
「政治家は表舞台で活躍しますけど、実際政治を舞台裏で動かしてるのは官僚です。あまり目立つのが得意じゃないので。官僚になって、世の中を少しずつ作り替えていこうかな、って……ちょっと大仰すぎますかね?」
新しい夢を語って照れくさくなって、ハルははにかんで笑った。
先輩は少し宙を見つめたあと、
「いいんじゃないか? でも、官僚になるには相当勉強しなきゃいけないぞ? まあ、塚本は頭いいからそんなに気にすることでもないか」
さわやかに笑って夢を肯定してくれた。
「がんばれよ、塚本」
「はい!」
勢いよくうなずき、ハルはようやく自分の将来について前向きに取り組む気持ちになった。
この握った手の先には、将来のお嫁さんもいることだし。
「おい、アンタからも言ってやれ! メス豚ごときが人間サマになれなれしいぞって!」
「私は影子様から言われたいんです♡……塚本、あんたがそんな口きいたら殴るからね」
「ハルー! 影子とデートした? ちゅーした? ねえ、昨日休みだったでしょ? ねえねえ!」
「したけど……たくさん」
「あっ、こら! なにシレっとホントのこと言ってんだよ!?」
「ふふ、カゲコ墓穴掘ってるー!」
「てめえケツデカチチウシ! あとでぜってー泣かす!」
「まったくもって、妬けるねえ」
「なに? なにか都合悪いこと言った、僕?」
「ったく、アンタときたら……!」
わいわい騒ぎながら、学校までの道のりを歩く。
非日常的日常が戻ってきて、やがては違う非日常的日常がやって来るのだろう。春は出会いと別れの季節。終わりであり始まりである。
みんな、いつかは遠いところに行ってしまうかもしれない。けれど、だからこそ今この一瞬を大切に胸に刻みつけていきたい。
黄金のように輝くこの非日常的日常を。
「なあににやにやしてんだよ、行くぞ!」
「うん」
影子に手を引かれ、歩き出すハル。
桜の季節になれば、おそらくすべてが終焉に向けて動き出すだろう。
新しい未来を勝ち取るために、ハルは全力を尽くす。
それが、失ってしまったものへのせめてものはなむけになればと。
ゆるんでいく寒さの中、今日はどんな非日常的日常がやってくるのかと、苦笑交じりにため息をつくハルだった。
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