№23 『アタシを賭けろ』
膝を突いてぴくりとも動かない『独裁者』に、こぶしを掲げた影子がにじり寄る。『独裁者』の瞳はどこも見ていない。影子とて、いくつもの杭に貫かれて立っているのもやっとな状態のはずだ。
しかし、『こいつにだけはきつい一発をくれてやらねば』という意志だけで、もうろうとする意識の中対峙している。影子はこぶしを握り直し、『独裁者』を虫けらのように見下した。今までとは違い、完全に興味を失った眼差しを向ける。
「……さあ、オトシマエつける時間だ……」
ガラス玉のようなうつろな瞳でその表情を見上げる『独裁者』は、ほろりと涙をこぼした。こころは虚無にありながら、涙は自動的に涙腺から湧き上がってくる。そんな人形じみた泣き方をしながら、『独裁者』はハラの底から絶叫した。
「こんなのうそだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
瞬間、ぞっと寒気がする。
「な、なんだ!?」
「……来るぞ!!」
影子の言葉通り、『独裁者』の影からは、無数の『アイアンメイデン』が現れていた。そして、ゆっくりと時間をかけて家一軒くらいなら飲み込めそうな巨大『アイアンメイデン』が影から出てくる。
しまった、こいつ、『影爆弾』や『黒曜石のナイフ』と同じで、残機なんて関係ないタイプだったか……!
てっきりあの『アイアンメイデン』さえ打倒してしまえば終わりだと思っていた、ハルの作戦ミスだった。あんな強力な『影』を複数出せるとは、頭の出来不出来はともかくとして、『影使い』としての『独裁者』は相当な難敵だ。
さっきの『内側から破る』攻撃は、一度きりの捨て身の作戦だ。何度もできることではない。この無数に林立する『アイアンメイデン』に、超巨大な鉄の処女、すべてを潰しきるには……対抗策は……
怒涛の勢いで押し寄せる黒い鎖を片っ端からチェインソウで叩き落している影子を見詰めながら、ハルは必死に考えを巡らせた。頭ばかりがかっかして、背中がどんどん冷えていく。思考はぐるぐると堂々巡りをするばかりで、有効な対策手段にはたどり着けない。
……ダメだ、これ以上は……!
撤退を提言しようとしたハルに、影子の喝が入る。
「おい、しゃきっとしろ!!」
「……影子……!」
今もなお剣舞のようにチェインソウを振るい続けている影子だって傷だらけだ。そんな影子に言われたら、背筋を正さずにはいられない。
「命じることはひとつっきりだろ!! アタシにいのちを張らせろ!!」
そう、影子にはまだ、奥の手があった……『自罰の磔刑台』だ。広範囲、かつ有無を言わせぬ攻撃力ですべての相手を串刺しにする最終手段。
しかし、『自罰の磔刑台』の発動には、影子自身の苦痛を捧げるという条件があった。今でさえ傷の痛みをこらえながらハルのために戦っている影子に、これ以上の苦痛を強いるのは……
決断をためらっているハルに、影子はトドメの一言を投げつける。
「アタシはアンタのもんだ! アタシを賭けろ! この勝負に!!」
そう、チップは影子だ。もうルーレットは回り始めている。
ようやく覚悟を決めたハルは、あともう少しで鎖の波にやられそうになっていた影子に命じた。
「『自罰の磔刑台』を!」
「イエス、マイダーリン!」
鎖にチェインソウで抗いながら、影子は足元の影を広げた。真っ暗な夜の海のように果てしなく広がっていく影は、『アイアンメイデン』のすべてを飲み込む。
直後、影子のからだが真っ黒な磔刑台にはりつけになった。天高くそびえる磔刑台の上で、影子は串刺しにされる以上の、筆舌に尽くしがたい苦痛を与えられる。
「……ぐっ、ああああああああああああああああああ!!」
ケモノじみた悲鳴と共に喉から黒い血が噴き出て、影子の矮躯はがたがたと震えた。それでも、苦痛はやまない。意識を失ってしまえばラクなのだろうが、磔刑台は決してそれを許してくれなかった。
ずん、と公園中に広がった黒い影の海が波打つ。
途端、空に向かっていくつもの巨大なトゲがそそり立ち、すべての『アイアンメイデン』を串刺しにした。巨大な『アイアンメイデン』もいくつもの磔刑台に貫かれ、空への供物となっている。
一拍置いて、串刺しになった『アイアンメイデン』はがらがらと崩壊しながら影の海に沈み、巨大な鉄の処女もまた、徐々に欠けていきながら影へと帰る。
とぷん、と最後の『影』を飲み込むと、磔刑台の黒い海は一瞬で収束してしまった。血祭りにあげられていた影子の磔刑台も消え、耐えがたい苦痛にさいなまれていた影子のからだが落ちてくる。
すっかり消耗し、チリになりかけているからだを受け止め、ハルは急いで自分の影の中にしまった。カケラでも影子の情報が残っているのならば、そして時間をかけてなら、影子は再生できる。
すべて収め終えて、ハルはようやく一息ついた。
今度こそ、完全勝利だ。
いや、痛み分け、といったところか。
手持ちの『アイアンメイデン』を全滅させられて、『独裁者』はひざまずいたまま呆然としていた。
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