№5 音楽祭準備

「で・あのクソガキ、今アンタんちにいるのか」


 翌日、影子といっしょに登校していると、そんな話になった。


 そうだよ、とうなずくと、ハルはひとまず影子に釘を刺しておくことにする。


「デリケートな子だから、刺激しないであげてね」


「ふはっ、無理難題! アタシにゃ刺激しかねえんでな」


 だろうな、とハルは肩を落とした。影子は極力『殺人狂時代』に近づけないようにしなければ。


「影子様あああああ!! おはようございます♡」


「朝っぱらからクソうるせえんだよマンカスが」


 校門の辺りで一ノ瀬が手を振りながら駆け寄ってきた。影子のもとにたどり着くと、はあはあと息を弾ませながら、


「今日は、ご命令の通りノーパンで登校いたしました♡」


「の、ノーパンって……!? なんてこと命令してんだよ影子!」


「メス豚にゃ下着なんて上等なもん必要ねえんだよ。おい、半径3メートル以内に近づくんじゃねえぞ、スベタ」


「はい♡ 2.99メートルの外側で常に待機しております♡」


「オハヨー、ハル、カゲコ!」


「ああ、おはよう、ミシェーラ」


 今度はミシェーラが手を振って歩み寄ってきた。生あくびを噛み殺しながら、


「やっぱり完徹キツいネ。けど、衣装出来上がってきてるから!」


「ああ、コスの衣装? がんばってね」


「約3万のフォロワーさんのためにも、ワタシのハレの姿、絶対完成させるネ!」


 うし!とこぶしを握って、ミシェーラが宣言した。途中でぶっ倒れなければいいのだが。


 心配するハルの肩を、唐突に抱き寄せる腕があった。


「よっ、塚本。おはようさん」


「倫城先輩、おはようございます」


 いつも通り音もなく現れた先輩にも慣れた。ハルがあいさつをすると、先輩はハルの肩を抱き寄せて耳元でささやく。


「……そろそろお前のいない夜に飽きてきたんだけど」


「毎度のことですけど、息をするように口説かないでください」


「いいじゃんか。こうしてマメに愛をささやくことで、いつか塚本も俺のものに……」


「なりません!」


「ははっ、つれねえなあ」


 ハルをつけ狙うホモである倫城先輩は、そう言いながらもさわやかに笑った。


「影子様ぁ♡」


「はい、半径3メートル以内に立ち入りました。あとでケツバットな」


「でねでね、ハル!」


「塚本、今日こそ放課後ヒマだよな?」


 わいわいとにぎやかに登校するハルたちを遠巻きに見ていた他の生徒たちは、みな一様に思う。


 ……やっぱりハデだな、と。


 ハルを除いたメンバーは、そんな周りの目を寸分たりとも気に留めず、ひたすらに騒がしく校舎へと入っていく。


 上履きに履き替えていると、ミシェーラがこっそりと耳打ちしてきた。


「……聞いたヨ、ハル。『殺人狂時代』のこと」


「ああ、逆柳さんから連絡行ったんだ」


「うん。ワタシも『殺人狂時代』のこと全然知らなくて……『黄金狂時代』と双子だってことくらいかナ、知ってるの。基本横のつながりないからネ、『影の王国』って。そんな子供だなんて思わなかったヨ」


 ミシェーラもかつては『影の王国』の『七人の喜劇王』の一席、『街の灯』だった。ASSBに保護されていることも相まって、事情はひと通り知っている。


「僕も驚いたよ」


「だよネ……『黄金狂時代』が『モダンタイムス』につかまってるってことも聞いた。ワタシも協力するから、なにかあったら言ってネ」


「わかった、頼むよ」


 ミシェーラはちから強くうなずき返すと、先に教室に行ってしまった。


「あのクソガキ、ひとりにしてきてよかったのか?」


 まとわりついてくる一ノ瀬を巧みにかわしながら、影子が問う。


「本人が言ったんだ。『潜伏先ではじっとしてるのが一番生存確率が高い』って」


「はっ、そんなこまっしゃくれたこと言ってんのか、あのガキ。サバゲーでもやろうってのか?」


「ゲームじゃないよ。『殺人狂時代』はリアルを体験してきたんだ」


「『リアル』、ねえ」


 くけけ、とバカにするように笑うと、影子はがらっと教室のドアを開いた。


 一瞬、教室中の視線が影子に集まる。が、朝のあいさつをするものは誰もいない。それぞれが目をそらして、しかし注意だけは影子に向けながら、さりげなく道を開ける。


 絶対王政を敷いている教室の女王のお出ましは、いつもこんな風だった。


 女王たる影子は席につくと、早速一ノ瀬に靴を舐めさせながら、


「んで、その戦争坊やはなんか情報吐いたのか?」


「特には。そもそも、ミシェーラと同じく他の『七人の喜劇王』のことなんてなにも知らないよ。むしろ、僕たちの方がよく知ってるくらいだ」


「はぁん、使えねえなあ」


「かっ、影子様……! ケツバットはいつ施していただけるのでしょうか!?」


「安心しろ、次の体育の授業できっちりシバいてやる」


「ありがとうございます♡」


 ……堕ちたな、一ノ瀬……


 そんなやり取りを遠い目で見ていると、ホームルームの鐘が鳴った。


 ほどなくして担任教師が教室に入ってくる。


 ひと通りの連絡事項や生活指導を済ませた後、担任教師は教壇に身を乗り出した。


「それで、そろそろ恒例の秋の音楽祭の時期だ。お前たちも知っているだろうが、各クラスなにか音楽にちなんだ出し物をしなきゃならん。ついては、実行委員を決めたいんだが……」


「はい、私がやります!」


 当然のように元気よく挙手したのは影子だった。教師の前では優等生ぶって、私、なんて言っている。にこにこしながら名乗り出る姿に、ハルはデジャブを感じた。


「そうか、塚本がやってくれるか! じゃあ、あとは塚本に任せた。ホームルーム中に出し物を決めておいてくれ」


 そう言い残すと、担任教師は教室を後にした。


 猫をかぶる相手のいなくなった影子はつかつかと教壇にのぼり、ばぁん!と黒板にこぶしをぶつけた。


「青春とはなにか!」


 突然の問いに、クラス中がざわめく。


「エモい、とはなにか!」


 影子の鶴の一声でざわめきは収まり、教室全員の視線が女王に集まった。


 影子はにやりと笑い、


「つまりは、バンドだよ!」


 高らかに吠えた。


 ハルとしては正直、はあ?と言いたくなったが、集団ヒステリーとはおそろしいもので、クラスメイトたちは感嘆の声を上げて期待に満ちたまなざしを影子に注いだ。


 やはり、影子にはアジテーターとしての才能があるらしい。


「てめえら、好きにバンド組め! そしてアタシらでハコ作ってライブハウスすんだよ!」


『おおおおおおおお……!!』


 クラスメイト達はすっかり乗り気である。


 反面、ハルはイヤな予感しかしなかったが、ここで水を差してしまってはいけないような気がして黙っていた。


「っつうわけで、バンドしようぜ!」


 教室中から拍手喝采が上がった。どうやらこれで決まりらしい。


 壇上を離れた影子はハルたちのもとへ戻ってくると、にんまり笑って、


「バンドやんぞ! てめえら何ができる!?」


「僕、なにもできないけど……音痴だし……」


「じゃアンタはトライアングルな!」


「と、トライアングル……?」


「ワタシ、ピアノ弾けるヨ!」


「キーボードは米国産チチウシで決定!」


「わ、私、太鼓の達人得意です!」


「ドラムはメス豚に任せた! ギターボーカルはアタシってことで、晴れてバンド結成!」


 超特急で次々事が運んでいき、とてもじゃないがついていけなかった。これが影子のスピードだ。気にするだけ無駄だった。


 影子に腕を引っ張られて、一同はいつの間にか円陣を組んでいた。


「よっしゃ! 成功させっぞ、音楽祭!」


『お、おー!』


 一ノ瀬とミシェーラが唱和している。


 その陰で、ハルはひとり先行き不安のため息をつくのだった。

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