№9 たのしいがくえんさい

 影子は立ち上がり、まっすぐに教壇に向かう。そして、静まり返った教室内に、ばん!と教壇を叩く音が響いた。


「よく聞けてめえら。あと一週間しかねえんだ。死ぬ気でやれ。やる気のねえもんは去れ」


 ネイビーシールズの教官かよ、とこころのなかで突っ込みつつも、去る者はいないだろうなと考える。去った後のことを考えてしまうからだ。影子からの苛烈な『お仕置き』が待っているだろうから。


 完全に影子の恐怖政治にとらわれたクラスメイト達は、案の定ひとりも動かなかった。不良なことで有名な高橋くんも金髪の下の目を神妙にしている。


 それに満足したらしい影子は深々とうなずいてにやりと笑った。


「よぉし。いいこころがけだ。全員天国に行けるぞぉ。で、肝心の出し物だけどな、一週間でできるものっつったら、まず考えるのは飲食店だ。けどな、アタシには見えるぞぉ。調理係やら接客係なんかの分担でモメてどいつもこいつもラクしようとする未来がなぁ。そうなったらクラスの結束なんざ水でふやけたトイレットペーパー程度のもんになっちまう」


 たしかに、的を射ている。飲食店はお手軽だが、人数が要る。調理係やら接客係、客引きもしなくてはいけないし、テーブルセッティングだってしなくてはならない。要するに、準備するのは簡単だが、実行するのは手間なのだ。


 そこで誰かひとりがラクをしようとすると、ドミノ式にみんながラクをしようとする。押し付け合いの始まりだ。クラスは青春なんてものそっちのけで、殺伐としたムードになるだろう。


 じゃあ、どうしたらいいのか?


 クラスメイト全員が、影子の答えを待っていた。


 満を持してもったいぶった影子が得意げに発言する。


「準備に多少手間がかかってもいい。全員で協力して準備して、当日ラクできりゃいい。設備投資ってやつだ。その中で、一週間でできて、なおかつ学園祭のド定番と言えば……」


 ごくり、総員がつばを飲み込んだ。影子が背を向けて、黒板に何やら書き出す。導き出された答えとは……くるっと振り返った影子が黒板の文字を読み上げる。


「お化け屋敷、だ!」


 ざわ、ざわ……高校生になってまでお化け屋敷かよ……ほんとに大丈夫なの……たしかにお化け役の数人で何とかなるけどさ……一週間で大丈夫……


 クラスメイト達が一斉に疑問の声を上げる。それは直接影子には向けられず、ひそひそ話となって散らかった。


「問題ねえ。アタシが指揮を執るんだ、一週間で形にしてみせる。資材は主に段ボール、お化け役は適当に白い服着て血糊かぶっとけ。あとはアタシが恐怖のエッセンスを散りばめて、最高のお化け屋敷の出来上がりだ。文句あっか? んん?」


 こと恐怖に関しては影子はスペシャリストだ。だいたい、影子の提案に否を唱えるなんて狂気の沙汰だった。恐怖政治によって統治されたクラスは、影子の提案に次第に乗り気になってきた。


 メシアを見る目で影子を見つめるクラスメイト達に、彼女はにぃっと笑って言った。


「アタシたちで、学園を恐怖のどん底に叩き落してやろうぜ!」


『おおおおおおお!』


「野郎ども! 売上金で打ち上げに焼き肉行こうぜ!」


『おおおおおおお!』


「早速今日から段ボール調達と設計、特殊メイク実験だ! 監修はアタシがする!」


『おおおおおおお!』


 アジテーターだなあ……と、ハルだけは熱狂に巻き込まれずに遠巻きに集団を眺めていた。どうやら影子には妙なカリスマ性というか、扇動者としての才能があるらしい。これも『陰』と『陽』の対称なのだろうか。


「さあ、放課後を返上しろ! 夜まで働け! あと一週間しかねえんだ! テンションあげてこーぜええええ!!」


『おおおおおおおおおおおおおお!!』


 雄叫びを上げるクラスメイト達をよそに、影子は一旦教壇を降りた。そして自分の席に戻ってくると、教室の女王たる風格でふんぞり返る。ハルはひそひそと影子に語り掛けた。


「……おい、いいのか? これだけ煽っといて」


「んんー? だって勝手に乗ってきたのは連中だぜ? アタシはただ檄を飛ばしただけ」


「無責任な……だいたい、お化け屋敷ってそんな……」


「最善の案だと思うけど? 設営は前日にちゃちゃっとやっちまえば終わりだし、お化け役は最小限だ。何せこっちにはアタシがいるからな」


「……まさか」


 じっとりとした眼差しで影子を見つめる。


 対する影子はからりと笑って、


「そ、『影』のちからを使えば恐怖は倍増! 売り上げも倍増! 打ち上げに焼き肉食べ放題に行けるって寸法よ!」


「そんなしょーもないことに使っていいの!?」


「あー、別にだれかに危害加えるってワケじゃねえんだ。せいぜい足引っ張ったり、背中なぞったり、その程度だろ。お化け屋敷ってのは影の格好の住処だ。どこからでも脅かせるぜぇ」


 くけけ、怪鳥じみた声を漏らす影子。たしかに、こいつに任せておけばお化け屋敷で焼き肉パーティーも夢じゃないかもしれない。


 しかし、イヤな予感しかしない。


「さあて、とりあえず各部門の責任者を決めるぜ! アタシの独断で! 文句は言わせねえからな!」


「はいっはいっ! 私は影子様の補佐役を――」


「てめーはそのケバい化粧面で血糊まみれになってろ」


 必死に挙手する一ノ瀬を一言で一蹴して、影子は名指しで各部門の責任者を決めて黒板に名前を書き入れていった。どれもこれも、頼まれたら断れない、責任感のあるやつばかりだ。この短い期間でよくぞここまでクラスメイト達を観察できたものだと感心する。


「最初の三日間は段ボール集めだ! それと並行して設計と特殊メイクの計画を練る! 諸君の健闘を祈る! ちなみにアタシはビョーキのお母さんが待ってるから夜までには帰るからな!」


 初耳だ。『影』は夜には活動できないというから、大ウソだろう。


 熱狂するクラスメイト達の中、事情を知っているハルだけが軽くため息をつく。


 やがてクラスメイト達は押し合いへし合い段ボールを求めて街へ飛び出し、責任者だけが残って打ち合わせを始める。


 大変なことになったなあ……と、ひとり取り残されたハルも、段ボールを求めて教室を出ていった。


 一週間後の文化祭、か。


 まあ、影子も楽しそうにしてるし、いっか。


 ……簡単に納得してしまうのが自分の悪いクセだと悟るのは、もう少し先になりそうだけど。

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