メラビアンナイト その3
たとえ誰であっても、ヒソヒソ言われるのは気分のいいものではありません。
風聞一つが命に関わる世界で生きてきたバリバハさんなら、なおのこと。往来の人を捕まえて喧嘩売ったりはしませんが、もちろんご機嫌は悪くなります。ヒソヒソの人数に比例して、加速度的に。
奴隷チームの中にも気まずい空気が広がり、いろいろご機嫌取りに苦心したりしているうちに、ようやく道案内の人が到着しました。
こんなところはさっさと立ち去るに限るし、なにより訪問者が来れば空気は変わる。誰知らず「助かった……」と呟いた人もいたそうな。
「道案内でご契約いただいた、パールマーレフでございます」
「ご苦労。バリバハである。よろしく頼む」
努めて冷静な返事をしたバリバハさんですが、相手は道案内。つまりは接客業のプロ。それも土地に不慣れでストレスを感じやすいビジターと長時間向き合うタイプの。
顧客の機微には敏感であり、『不満は早めに解消してもらうにかぎる』がモットー。
「おや、何か不自由やお気にかかることがございますか?」
すぐバリバハのご機嫌に気づき、なおかつ一歩踏み込みます。これには一瞬驚き、そして答えるべきか迷った様子のバリバハさん。しかし彼より先に、奴隷さんの一人が手を挙げます。
「はいはい! なぜか街の人たちがこっちを見てヒソヒソ、後ろ指さされてる気分です!」
「いったいどうしてなのでしょうか」
別の方も続きます。彼女たちからすれば、少しでも現状の解決を図りたかったのでしょう。
「なるほど。そうですねぇ〜」
パールマーレフ氏は整髪料で固めた口髭を撫でながら、往来ではなく一行を見回します。そして少し、含みはないのでしょうが、ニヤニヤ。
「いやぁ、我が国は厳格なヤーソーリック宗のもと、一夫一婦制でして。砂漠国家式のハーレムはもの珍しいのですよ」
彼としては異文化に精いっぱい配慮した言い回しだったのでしょう。
しかし、これはバリバハさんにとって地雷発言でした。
だって彼、故郷の国を『奴隷を買い付けてハーレムを作るなど、王家の者にあるまじき品性』と叩かれて追放されてるんですから。奴隷たちが劣悪な環境へ行かないよう救っている、という自負もあったバリバハ少年当時十五歳は、この批判が結構心に刺さったのです。
なので彼、つい大声で言い返してしまったそうなのです。
「これはハーレムなどではない!!」
ま、実際は夜な夜な(以下略)。
それよりバリバハさんが大声を出したので、パールマーレフ氏は目がまん丸、往来の人も露骨にこっちを見ています。なんなら奴隷さんたちも少しショックそうな目で。
「そ、そうですか。失礼いたしました……」
あまりの剣幕に、氏も慌てて頭を下げます。さすがにこの話題を掘り下げる気もなさそう。
だから、ここで終わっていればよかったんです。しかし、一度トラウマに火がついたバリバハさんは、どうにも止まりませんでした。
故郷では聞き入れられなかった主張を、大声で叫びます。目の前のパールマーレフ氏にではなく、記憶の中の、あの日に向かって。
「これはただの奴隷だ! 余が余のために揃えた、忠実な
ただ、信頼できる家臣がほしかった、生きるために試行錯誤し、もがき苦しんだ少年の叫び。奴隷だ僕だという表面上の言葉こそあれ、その根本は『命を預けた仲間』という意識。
が、
「奴隷、ですと……?」
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