えっ、今からでも入れる保険が その2

 ここ『黒森』は東部ポーマートの手前。しかし東部と言いましても、その実態は『北方地帯の東』。

つまり、今の時期はまだ緑が残るこの森も、冬が来ると食料は枯れ果て雪に閉ざされた、死の世界となるのです。

だから『黒森』に住む人々は、季節が流れる前に『キツネとアナグマアリとキリギリス』の童話よろしく、準備をしておくものなのです。が……


「その倉が潰されちまった、と……」

「じゃあ食材もパー……」


屈強な男たちも飢えには勝てない。見る見る青ざめていきます。女性はもう失神寸前。


「じゃ、じゃあ今から食料集め直すってのは……」

「もう冬は目と鼻の先です。とても間に合わないでしょう」

「だよな……」


さすがの道化師も余裕はないご様子。隣でダミヤンさんが腕組み唸ります。


「ぐぅむ……。となると、この人は冬が来る前に森を出るしかないな。街なら冬は越せるだろう」


同じように腕組むマーゴットさん。


「そうは言うが、急に行っても生活基盤がねぇだろ。それにそもそも、街で暮らせねぇから住んでんだろ?」

「ふむ。それなら、数日ここで待っていてもらおう。クエスト終わらせた帰りに迎えに行って、俺たちの国へ連れていけばいい」

「なるほど。それなら確かにこの女性を救うことができますね!」

「お姉さん、それでいいか?」


小さく手を叩くミネミタさんと、こくこくこく、と小さく速く頷くお姉さん(年上の女性はオバ……何歳に見えても『お姉さん』と呼びましょう)。今度こそこれで一件落着、と思いきや、マーゴットさんがまた別の指摘をします。


「おいおい、待つったって、こうして食糧庫がオダブツんなってんだ。クエスト終わらせて迎えに来るったって、いつになるか分かんねぇぞ? それまで断食修行して待つんか?」

「確かに……」


これにはダミヤンさんも押し黙り、一瞬だけ希望が見えた女性の顔は、反動で一足先に冬が来たような白さに。


「では何か他の手立てを!」


皆さんお優しいし、何より問題を解決しないとミネミタさんが先へ進んでくれなさそう。苦慮の末にダミヤンさんが導き出した答えは……。


「よし。なら迎えに来るまでの食料を、俺たちの分から置いていこう」

「正気か⁉︎」


これには道化師もびっくり。肩を跳ね上げて、単なる職業意識を超えたオーバーリアクションです。


「そうするしかないだろう」

「んなことしたら俺らの食料がなくなっちまわァ!」


しかし策士ダミヤン(誰もそんな呼び方はしてませんけど)、この抗議にニヤリ。


「それに関しては考えがある」

「考えだぁ⁉︎」

「ただ、ミネミタ。俺のプランにはおまえの協力が必要不可欠だ。協力してくれるか?」


ダミヤンさんが目を向けると、彼女は具体的な内容も聞かないうちに力強く頷きました。


「もちろんです。私にできることならなんでも。さ、それなら早く、貧しき者に施しをしましょう」

「おいおいおい! 大丈夫かよ!」

「大丈夫。神の御心みこころかなっています」

「御心は腹持ちいいんだろうな⁉︎」



 という経緯で一行は、女性にたくさんの食料を分け与えたそうなのです。


そして冒頭の会話に繋がるわけなのですが……。






 黒森に入って五日目、ついに恐れていた事態が発生しました。


そう、食料が底をついたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る