商人の一行

にーしか

第1話

 街道から外れた野道を歩いている三つの人影があった。二人は間違いなく男。もう一人は女のようで、なんと、頭につのが生えている!

 誰が主人で誰が従者なのやら? 男のふとった方が商人であることは間違いない。角女つのおんなはこの辺りでは珍しい存在だ。痩せっぽちの男は従者である可能性が高いだろう。

「……ナイ。ゼンゼン、ナイ」

 と、角のある異国の女。三人の中で最も背が高く、しなやかに黒光りする長いつのが湾曲しながら黒髪から飛び出ている。

「あぁ、そうだろうともよ。ここらの通行税は高いからな」

 と、一番背の低いふとっちょ。腰に下げたそろばんと、コルセア商人独特の訛りと口調が、周囲に響く。

「ゼニナイ、チガウ」

 女の肌はこの辺りの者とは明らかに違う色味を帯び、全身は旅装束の外套で隠されている。フードを外しているから、つのと顔だけがよく分かる。よくよく見れば、その顔立ちはなかなかのものだ。造形神ペリニオンの気まぐれな力作かもしれない。彼女は言葉が通じないことにいらだったのか、角が迫り上がったり下がったりした。どうやら、この角は蛇腹のような節に沿って可動ができる、昆虫の尻尾のような作りになっているらしい。

「ズータス、あんたの会話、噛み合ってないね」

 と、二番目に背の高い痩せっぽち。彼はしなびた体にやたらと背嚢を巻き付けている。荷物持ちなのだろう。もう一度見直しても、男達に角は生えていない。有角種族に対する風当たりは、この地では相当なはずだ。してみると、従者は角女つのおんなの方だろうか。いずれにせよ、彼らの仲間意識はまずまずといった風で、決して仲が悪いわけではないらしい。

 そろそろ夕刻である。旅人なら宿の心配をしはじめる頃合いだ。ふとっちょ商人の一行には明確な目的があるのだろう。集落から逸れたこの場所で、街道筋へ戻る気配すらみせない。先頭は、一行を代表して、灯りとなるカンテラを手にした背嚢だらけの痩せっぽちだ。藪に覆われて目立ちにくい小屋に近づいていく。あばら屋もいいところだが、暗さの増す空を背景に、煙突からの白い煙で、中に人が住んでいるらしい事がわかる。

「ここか?」

 と、ふとっちょ。

 小屋からは、見慣れないお客の気配を感じ取ったらしい、影法師がふいと出てきた。

「なんの用だ?」

 すすで黒くしたその顔は、カンテラの灯りが無かったなら、ほとんど闇に紛れてしまうところだ。白目だけが異様に浮き立つ。ひょっとすると夜目が利くのかもしれない。小屋の住人達は、そんな連中だった。ぞろぞろと出てくる。全部で六人。

 痩せっぽちは、額に冷や汗を浮かべながら、異国の女を指さすのが精一杯だ。その指も震えている。

「あ、あっしの仲間が、聞きたいことがあって」

 ふとっちょが、隣の角女に聞く。

「この中にいるか、ルゼル?」

 角女の発したのは異国の言葉だった。

「ブゥーヘヴォ、ドラーレ」

 すすけた連中のにやけた顔が、一人ずつ喋り始めた。

「誰か知らんが、有り金全部だしな」

 すすけ1号の言葉は訛りがあるものの、なんとか聞き取れる。

「その方が身の為だ」

 煤け2号の発音は、明らかに盗賊団で有名なスラーブ地方のそれだった。

「怪我したくはないだろ?」

 煤け3号がそう言うと、残りの煤けまでもが大きく頷いた。彼らは土地の言葉を喋れないか、口が利けないか、あるいは喋ってよい身分を持たないのだろう。

 ぶよぶよのコルセア商人は、いたって普通の調子で言い返す。

「そういう事はこちらの女性に言ってくれ。彼女が係なんだ」

 煤け連中は一斉に角女の顔を見た。

「イシ、カエセバ、ユルス」

 ルゼルと呼ばれた彼女の言葉は、今度は商人達の話し言葉だった。

「石? 俺たちから取り戻そうなんて、命知らずな女だ」

 それを聞くと、彼女はあのしなやかな角をやや迫り上げたようだ。その目はほのかな燐光を帯び、「命知らずな女だ」と言った煤け1号に合ったまま、瞬きもしないで見つめている。反対に見つめ返している格好の煤け1号は、突然、はっきりとわかるほどに顔が歪み始め、額といわず鼻の頭はおろか鼻の穴、頬、口の端、顎の先端まで、ありとあらゆる顔の表面から大きな汗の粒が浮き出し始めた。

「術だ! 目を合わすな!」

 煤け2号の咄嗟の言葉は的を射たものだったに違いない。が、いかんせん遅かったようだ。ルゼルの視線は――いや、煤け連中の両目の方が、彼女の両目から離れられなかったのだろう。五人が歪んだ顔つきで大汗を顔全面に浮かせていた。おまけに不可思議なことに、彼らはこの瞬間からピクリとも動かなくなった。脚に根が生えたとでも言うのだろうか、さきほどから同じ姿勢のままだ。腕も脚も、ふいに動かそうとしたかのような最初の瞬間で静止してしまっている。手も指も何かを訴えるような形に受け取れなくもないが、不格好な仕草で固まってしまったらしく、腰に見える短い刃物に丁度伸びたままなのだ。開き気味だった口もそのままで、声すら発することができないらしかった。黒い顔をした人の像が五体。

 ただし、たった一人だけ、固まっていない煤けがいた。それは煤け3号だ。彼は、腰を地面にすとんと落として、逃げるわけでもなく、両脚をばたつかせて呻いている。尻餅をついたのだ。

「ああああ…」

 身の毛のよだつ臭いが拡がっていく。尻餅3号、もとい、煤け3号は脱糞してしまったようだ。

「ルゼル、もう充分だろ?」

 ふとっちょが、角女に言った。

 すると、ルゼルは懐から、片刃で反り身の長剣をひらりと抜くと、異国の言葉で何かを呟きながら――たぶん「これは世話になった礼だ」とでも言ったのだろう、刃の付いていない背を、真上から脱糞3号の脳天に強く叩きつけた。この煤け、次からは相手をもっとよく知って、盗みを控えるべき時について学んだかもしれなかった。次がありさえすれば……

 動けない煤け連中はそのままに、商人は小屋の中へと入り、すぐに連中の宝物庫を探り当てた。宝物庫といっても、大したものではなく、まだ売り払っていない直近の稼ぎが僅かばかり、素焼きの壺の底に入っている程度だった。

 背嚢の痩せっぽちは、石像のようになって動かない煤けた盗人達を指で突いてみながら、明るい声で、それでいて眉を八の字にしながら、「こいつらはどうしよう?」

「ああ、これで」ルゼルが言う。「お前達の言葉を憶えなくて済む」

 石というのは、言語翻訳の魔石のことだったのだ。彼女は、石のはまった首飾りを素焼きの壺から取り戻して身につけたところだった。

「ね、あっしが言った通りだったろ?」と、痩せっぽち。「あっしの買う情報はいつもピカ一さね。あの盗人も絶対ここにいると思ったんだ」

 ルゼルは聞いていないのか、返事をしない。代わりに出た言葉は――

「ずいぶんと、こき使ってくれたよな。ズータス?」

 彼女の目がふとっちょに向く。

「お、おい、まさか俺様を折檻しようなんてつもりは無いよな?」

 彼女の角が心持ち迫り上がる。

「お、おまえの失態をかばってやった、この俺様に言うべき言葉が他にあるだろ! 感謝の言葉が!」

 彼女の瞼が閉じられる。

「ビグゼニーに調べさせたのは俺のおかげだぞ。情報の代金は俺様が払ってやったんだ!」

 彼女の目がかっと見開いた。

「ビ、ビグゼニー、おまえもなにか言え!」

「あっしが、ルゼル・リュレさんに?! めっそうもない!」

 と、痩せの荷物持ちは、この揉め事に巻き込まれた場合の被害を想像できたのだろう。

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商人の一行 にーしか @Sadoka

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