間違って転生させられたおばさんは、二度目の人生を謳歌したい
藤原 忍
第一章 領地編 クリス7歳目覚めの時
第1話 こんなのあり?
秋の寒い朝。冬に向かっているのだとよくわかる朝。
いつもよりも早く目覚めたクリスは、テラスに通じる掃き出し窓を開けて、目を見開いた。
目の前には瀕死の母猫と生まれたばかりと思われる子猫が一匹。灰色の毛並みの母猫と、灰色のような白いような毛並みの子猫は一目で親子とわかるが、母猫がひどく衰弱しているのは一目でわかった。
何よりも体温の維持だ、とばかりにクリスは部屋を見渡す。
部屋の中で一番に保温性が高いのはひざ掛け用の毛布だが、親子の猫は昨夜からの雨でぬれている。
まずは、バスルームに行ってタオルを取ってくる。
「体拭こうね、濡れていると気持ち悪いよね、寒いよね」
と、親子をそのままタオルでそっとくるむ。
本来は抵抗してひっかかれたり噛みつかれたりするのだが、そんな気力もないのかタオルでくるまれたまま、二匹はクリスの腕の中におさまった。
思った以上に軽いなぁと思いつつ、まだ体温が残るベッドの上で二匹の体を拭く。
濡れているだけで、体も足も綺麗なものだ。衰弱している親子はぐったりとしたまま、身を任せている。
一通り拭き終わると、今度はひざ掛け用の毛布を器用に丸めて巣づくりしてその中に二匹を寝かせ、体温低下を防ぐためにくるむように上から毛布を掛ける。
ベッドの中での巣作り行動にくすくす笑いながら、クリスはその隣に身を横たえた。
「何か食べないと余計にダメになっちゃうわね」
はて、と考える。
犬猫や動物に癒しの魔法は使えるのだろうか。
いやいや、動物のお医者さんはいるから癒しの魔法は効果があるのだろうが、クリスが知っているのは人間用の癒しの魔法だ。動物用の魔法があるのは知っているが、それがどんなものなのか、本でしか知らない。
そしてクリスは、まだまだ魔法が上手ではない。癒しの魔法はそこそこ使えると言われてはいるが。
「領内に動物のお医者さんはいるのかしら?あとで誰かに聞こうっと」
母猫は、感謝を示すように目を開けてクリスを見た。
「まだ朝早いから、この時間は起きてないのよ。食堂のマゴットさんが朝ご飯の支度を始めるくらいの早い時間だもの。もうすぐパンが焼けてね、良いにおいがしてくるの。そうしたら何かもらってくるね。ここには水しかないのよ。ねぇ、なでて良い?」
そう言ってそうっと手を近づける。母猫は警戒してふんふんと匂いをかいだがそれ以上のことはせず、クリスが母猫の頭や身体を撫でることを嫌がらなかった。
母猫の警戒が取れたところで、子猫の状態を確かめるために子猫の頭や身体を撫でる。
ぬくもりはあるが、おそらく体温としては低い方なのだろう。
自分の体温を分け与えるように親子の体を順番に撫でる。
やがて、クリス自身もまどろみに落ちてゆく。
その日の朝、クリスを起こしに来た侍女は発熱してベッドに横たわる彼女を発見する。
丸めたひざ掛け毛布を抱きしめて、一日中発熱があったにもかかわらず、すやすや眠っていた。
熱が引いたクリスが、猫の親子がいないと朝から騒いだのはその翌日の話。
夢の話だったんだろうと両親も兄も侍女たちもそういったが、クリス自身は信じられない思いでいた。
だってあのふかふかの毛並みと温かさを覚えているから。
だってほんのり香る太陽の香りが残っていたから。
なんて可愛らしい話じゃなかった。
だってどうしてだか、私の前世は地球の日本に住むごく普通のおばさんで、平々凡々と自分の人生を謳歌していたおばさんだったのに。
だってどうしてだか、私の頭の中に「コマンド」と名乗る奴が期間限定で住み着いてアドバイスするんだよって、言われなきゃいけないんだ?
剣と魔法と魔物の世界だから?
異世界知識ないから?
どうすりゃ良いのよ、と逡巡しながら頭を抱える。
とりあえず、クリスにわかっていることはただ一つ。
ここはアグリ王国内、ウィンズベール公爵領、領主館で、剣と魔法と魔物の世界で、私の二度目の人生だってこと。
こうなったら、二度目の人生も謳歌するの。謳歌するったらするの、と、決心していた。
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