プロローグ

 忘れられない。

 僕だって同罪だ。

 あの声がまだ脳裏で木霊する。

 誰の声だったかは分からない。

 「××くん!」

 振り返る。

 アスファルトに浮かぶ陽炎の向こうには。

 誰もいない。

 あの時も誰もいなかった。

 ツクツクボウシが鳴いている。

 あの時も鳴いていた。

 また声が、聞こえただけだった。

 これが幻聴だって、それぐらい分かっている。

 ベランダに吊るした風鈴が夏の風に揺らいで、音を立てた。

 来週の勤務が終われば、お盆休みだ。

 夏が好きではない。特にツクツクボウシが鳴き始める晩夏の夕方が嫌いだ。

 それは「思い出す」からだ。

 ふとした瞬間に、目眩と共に脳裏に響いてくる。

 ツクツクボウシが鳴く中、一人で道路を歩いていると、必ずと言っていいぐらい。

 まだ夏が大好きだった頃に、聞いた声。

 「助けて!」

 あの声の主を、僕は──。

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