きみがため
朝日屋祐
第1話 甘味屋の娘の朝
夏の蒸し暑さの中、お天道様の光が雲間から差す。この街は朝焼けとともに活気が溢れ、街は動き出す。
(あ、あの人だ。わたしには雲の上の人だ)
その人は甘味屋の常連客で、ツンツンとした
(あの人がわたしのことを好きなら良いのに)
彼と結ばれる事を想像してしまう。
いかんいかんと千歳は頬を朱くし、片手を自身の頬に手を当てる。恥ずかしく思う。千歳は彼にお膳を運んだ。
「こちらが甘味でございます」
「ああ、礼を言う」
彼は低い独特の美声をしている。
千歳はお膳を下げた。やはり美形な人だ、と千歳は思う。
「……お父様?」
「千歳。お前に話がある。家に来なさい」
「千歳。お前には嫁いで貰う」
「こ、婚約?」
「そうだ」
「千歳。お前には
千歳には、見知らぬ人物が思い浮かぶ。どんな人だろう。あの好いた殿方にも千歳の思いも届かないのか。千歳は黒川葵の容姿も中身も知らない。
「……で、でも」
千歳は
「千歳。お前に是非は問わん。これは黒川家と坂田家が決めた縁談だからだ」
「……お、お父様」
黒川様と婚約となると、あの殿方とは結ばれない。千歳は悲しく思う。思いを告げて黒川様のところへ、嫁ぐしかない。
「……そうですか」
千歳は返答した。
千歳は寅次郎からの許嫁を聞き、あの殿方がまだ席にいらして、ホッと胸を撫でおろした。きなこ餅を食べていた。ここで突然話しかけ、告白するのは億劫だ。
「お客様!」
「なんだ?」
「わたしは嫁ぐんです!」
「……そうか。会えなくなるな」
「最後になると思います。お客様のお名前をお聞かせください」
「ああ、俺の名は黒川葵だ」
千歳は眼を瞬く。一瞬なにが、なんだかわからなくなった。
「く、黒川さま?」
「……何故、そのような
「わ、わかりました」
千歳は訳がわからない。まさか。嫁ぎ先が好いた甘味屋の常連客だった。
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