第36話 ピンチ
ピンチ
斎藤久留実は解説者の言葉を余り信用していなかった、だが回復魔法を使えるのならば と癒術士(ヒーラー)を選択、こうすれば死ぬことから少しは免れる事ができるだろう。
武器も本来ならば錫杖かヒールロッドを選ぶところだが、彼女は何故か初心者の弓を選択した。
初心者の弓は基本的に誰でも使用可能なのだが、もちろんAT5の久留実には弓に対してのノウハウなど持ってはいないわけで、その弓で攻撃したところで魔物が退治できるはずなど無い。
初期のスキルで選んだのも治癒スキルの一つだけ、善行レベル2では沢山のプレゼントなど望めなかった。
「癒術士ってヒール魔法だけなんだ」
HP10にどれだけ回復できるのかやってみたが1回のヒールで回復できるのはHP1。
LV1のヒーラーではこれ以上望めない、弓は一応矢が3本付いているのだが、その鏃(やじり)は石だった。
「石の矢とかうけるんだけど、原始人かよ」
「キーキー」
(なんだろ)
ここは洞窟の中、そして目の前に現れたのはダンジョンあるあるで有名なゴブリン。
この世界のゴブリンはやや小さめ、目の前に現れた濃緑色の肌はほぼスッポンポン。
リアルなその姿に岩陰に隠れて見ていた久留実は、妄想を広げ出した。
(なにあれ、ちゃんと付いてるんだ、マジ…もしかして掴まったらやられちゃうって事?)
ちなみにH可能の世界であれば相手の魔物に与えられた指向性がそちらへ強く色付けされていれば、そういう事もあり得るが。
洞窟の中で本来、魔物が人族を捕まえるのは最大の欲望である食欲の方だ。
(やばいこっちに来る…)
「ギャギャ、ギャガア」
「ギジャ、ジャラ」
だがそこに大きな爆発音が響き渡る。
「ドゴーン!」
「グラグラグラ」
「ギャガギャガ!」
(何?地震?)
どちらにしても久留実には岩陰でうずくまる事しかできる事は無かった。
「グオー」
(今度は何よ~)
斎藤久留実、初日は何もできず陰に隠れてやり過ごすが、まさかこんな場所で天敵だと思っていた花梨と出会うとは思ってもみなかった。
そして目の前に現れたのはとんでもない化け物。
その大きさが動けるような場所ではないはずだが、ここは坑道の中。
何故かこの場所だけは大きく開けていたりする、天井までの高さは20メートル以上ありそうだ。
広さも数十メートル、ドラゴン種が自由に動けるぐらいの広さがあった。
「でか!」
「グオー」
「こいつを倒せってか?」
「ドズンドズン」
「やばい、こっちに気付いた!」
「グオー」
花梨はできるだけ敵の視覚から逃れようと洞窟の中を走り出す。
その度に坑道の中は揺れて天井からバラバラと石クズが降って来るが、坑道自体が崩れると言うアクシデントはなさそうだ。
「まずはあいさつ代わりの一発!」
「ドズン!」
「グアー」
その拳にはゴッドブレイカーを装着している、タメを作ってドラゴンの横腹めがけて正拳一発。
予想通りATとは関係なく岩を砕くと言う武器の力は、相手のDF自体を無効化でもするかの如くHPを大きく削る事が出来た。
「おおーいけるじゃん」
ロックドラゴンのHPは2万、LV50は伊達じゃないが花梨のコブシから放たれた正拳一発で1000ポイントのダメージを与える事が出来た。
「一応一発当てるとHPのカウントバーが出るのか…」
今の状態でLV50の魔物に対して鑑定スキルを使用しても名前といくつかの情報しか得られない。
ロックワームの時も最初は名前とLVしか出なかったことを覚えている、その後一発でやっつけてしまったのでHPバーを発生させるまでは至らなかった。
だがこの化け物は少しの攻撃ぐらいでは倒せなさそうだと感じていた、もちろんどのくらいの威力が自分のコブシにあるのかもわかっていない花梨。
正拳を叩きこんで得られた情報を自分の頭の中へとすぐにインプットして行く。
「逃げながらコブシを叩き込めば良いわけだ」
その回数は単純に20発ぶち込めばいい、それだけの話だが そう簡単にいくかどうかはまだ分からない。
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