第5話 おうえん

カッポ―ン・・・


メ:「ふぅ・・・」


月明かりの下,ここちよい夜風に撫でられながら,メリーは木風呂で身体の疲れを癒していた.


メ:「今日はいろんなことがあったなぁ・・・.」


はぐれカポックに襲われて・・・逃げた先でツンくんとヤンちゃんに出会って・・・ラルフから守って・・・この村に来て・・・ひどい差別を受けたけど,ガリバーさん達は優しくしてくれて・・・それで最後には村のみんなから感謝されて・・・.最初は人助けをしても,差別をなくすなんて無理かもしれないって思っちゃったけど,最後にはみんなに分かってもらうことができた・・・.


メ:(・・・今思えば,わたしってほんとうに想像できてなかったんだなぁ.魔女がどういう存在として扱われてるのか・・・.そりゃあ,お母さんやアリスがわたしの旅を止めるわけだよ.・・・でも,よかった.最初に来たのがこの村で.みんな優しいし,自分の活動に自信がついたし・・・.この調子で人助けしていけば,いつかは魔女への差別もなくせるって確信ももてた.)


メ:「この調子で人助けしつつ,旅を満喫してやるんだから・・・!!」


メリーはそんな独り言をしつつ,「・・・ふぅー」と背中を木風呂に預ける.


メ:「・・・」


メ:(それにしても,ラルフにとってラルフ石があんなに大事なものだったなんて知らなかったなぁ.魔物図鑑にも載ってない情報だったし.やっぱり百聞は一見にしかずよねぇ.ほんと面白い.旅に出てよかったぁー・・・.)


メ:「・・・ん?」


と,そのとき,ふと目の端に人影を捉えたメリー.気になって,その方向に目を凝らす.どうやら,向かい側の家から何者かが出ていっているようだ.


──暗視あんし発動


メ:「あれは・・・レイジさん?」


少し遠目だが,あの見た目は間違いない,門番のレイジだ.右手に木のランタン,左手に斧を持っている.


メ:(・・・そういえば,レイジさんとだけは結局仲良くなれなかったな.何してるんだろう?)


──さっきまであんたをどうやってこの村から消すか話し合ってたんだ.──


メ:「まさか・・・ね.」


メリーは否定しつつも,内心ドキドキしながら,レイジの動向を追う.


レイジは頭を左右に動かし,周りを気にする素振りを見せた後,そのまま,ツンの家─メリーのいる方とは反対の方向,村の外の方へと歩いて行き,そのまま姿を消していった.


メ:「・・・ふぅ,何してんだろうわたし.」


ツ母:「メリーちゃん,早く上がっておいで.晩御飯出来たよ!」


メ:「あっ,はい!」


メ:(まっ,いいや.今はこの村を楽しまなくちゃ・・・!!)


ざぱぁっ・・・


メリーはすぐさま気持ちを切り替え,温まった身体をお湯の外へと開放するのだった.







────────────────────────────







メ:「うわぁああああ・・・!!!」


風呂上りのメリーを待っていたのは,村長に振る舞ってもらったものと引けを取らない大きさの鍋だった.


ツ母:「メリーちゃんは大食漢って聞いたからね.とれたてのカポックを贅沢に使った鍋だよ!」


メ:「えっ,カポック!?」


 カポック Eランクの魔物.

  毒鳥.翼と尻尾に毒のとげがある.好戦的ではなく,どちらかと言えば温厚.群れで行動し,主に木の実を食べる.


ツ:「うん!珍しいだろ?この辺じゃとれるのは猪,よくても鹿なんだけど,今日は運よくカポックが罠にかかってたんだって.」


メ:「へぇー,そうなんだー.」


メ:(今日わたしを襲ってきたやつ・・・じゃあないよね?)


ツ母:「はい,メリーの分だよ.熱いうちにどうぞ.」


メ:「あっ,ありがとう.・・・うわぁ,美味しそう.」


ツンの母(名前はケリーというらしい)についでもらったお椀を受け取り,メリーは感激する.


ほわほわの湯気をはなつ白いお肉と山菜の鍋がまるで一つの芸術作品のように思えたからだ.


メ:「それじゃあ,いただきます.・・・!!おいしい!」


口に入れた瞬間,メリーは再び感激した.


カポックのお肉の,臭みの無い,ぷりぷりとした食感・・・!!口いっぱいに広がる鍋の香りも合わさって最高だ.スープも山菜の甘味,旨味が凝縮されていて身体全体に染みわたっていく・・・.


メ:「ズズズ・・・ぷはぁ!おかわり!」


ケ:「おお,もうおかわりかい.はい,どうぞ.」


ツ:「相変わらず早ぇな,メリー.昼間よりも早いんじゃねぇか?」


メ:「だって,すっごい美味しいんだもの.ズズズ・・・おかわり!」


ケ:「フフフ・・・,まだまだあるからお腹いっぱい食べてね.」


メ:「うん!ズズズ・・・」


こうして,メリーはメリーなりに旅を満喫するのであった.







────────────────────────────






すっかり静かになった夜──


メ:「・・・.」


メ:(目が覚めちゃった.)


メリーは上半身だけ起き上がり,ふと横を見る.


ツ:「スー,スー・・・」


そこには,お母さんに抱き着きながら,穏やかな寝息を立てているツンの姿があった.


メ:「・・・.」


メ:(・・・夜風でも浴びよっかな.)


メりーはできるだけ物音を立てないように立ち上がると,そのままゆっくりと,家の外へと出ていく.


メ:「おっ,・・・星きれいだなぁ.」


外に出て,メリーの目にまず飛び込んできたのは満点の星空だ.きらきらと輝く星たちはまるでメリーの旅を祝福しているかのようだった.


メ:「・・・そういえば,昨日の夜は人に会うことばっか考えててあんまり空見てなかったなぁ.・・・.」


メ:(・・・お母さんたちも見てるかなぁ.)


メ:「・・・」


ひとしきり夜空を満喫した後,メリーは視線を戻し,今度は周りを見渡した.


木と藁で出来た家が点々としている村.木の柵で囲まれたその村は,家と家の間に,大根畑やトマト畑などがあり,家の数自体は「魔女の村」と大差ないが,「魔女の村」よりも広々とした感じがする.まぁ,棚田がない分,実際は「魔女の村」の方が広そうではあるのだが.


メ:(・・・改めてみると,家の作りはほとんど一緒だけど,わたしの村とは雰囲気が全然違うなぁ.・・・わたし,本当に別の村に来てるんだなぁ.)


嬉しいようなさみしいような,そんな感覚に襲われながら,ぼんやりと眺め続けるメリー.


メ:「・・・あれっ?」


そのとき,メリーはゆらっと家から出ている人影を捉えた.


あの家の位置は─間違いない,レイジの家だ.あの人影もきっとレイジだろう.


メ:(こんな時間にどうしたんだろう.)


レイジはまず家の外にランタンを置いた後,家の中に戻り,細長い二つのものを左手と左わきに抱えて出てきた.


メ:(あれは・・・シャベルと・・・木の棒?)


レイジはメリーに気づいていないのか,こちらの方を一瞥する素振りもなく,右手にランタンを持ってそのまま歩いていく.


メ:「・・・.」


メ:(気になる・・・.)


メリーはそのまま己の好奇心に身を任せ,すぐさま足を動かし,レイジの後ろを追いかけていくのだった.






───────────────────────






ザッザッザッザッ・・・


メ:(どこまでいくんだろう・・・.)


山の中.もうすでに村からかなり離れている.

それでもレイジは一定の速度で,立ち止まることもなく,迷う素振りすらなく,夜の山の中を突き進んでいる.


メ:(・・・この地面,よく見たら草があまり生えてない.きっと日常的に人か魔物が通ってるんだ.・・・この先に何があるのかなぁ.)


メリーの胸は,後を付けているというちょっぴりの罪悪感と,この先に待ち受けている未知へのわくわくで満たされていた.


ザッザッザッザッ・・・


─パキッ!


・・・油断した.


レ:「誰だっ!!」


メ:(しまった!!)


メリーの踏んでしまった小枝の音に反応し,レイジはすぐさま後方へランタンを向ける.


レ:「おめぇは・・・メリーか?」


メ:「ごめんなさい!こんな時間にどこ行くのか気になってつけてました!それ以外の意図は全くないです!本当にごめんなさい!」


メリーは即座に頭を下げ,全身全霊で詫びる.


レ:「・・・ちっ.・・・.」


レイジは,メリーの謝罪に,怒るでも受け入れるでもなく,舌打ちした後,再び歩き始めた.


メ:「・・・.」


メ:(あれっ,シャベルで殴り掛かってこないんだ.レイジさんならしてくると思った・・・.)


レ:「おい.」


メ:「あっ,いやっ,いまのは別に深い意味はなくて・・・.」


レ:「・・・何言ってんだ?さっき謝ったんだからもう気にしてんじゃねぇよ.」


メ:「えっ?あっそっか・・・そうよね.」


レ:「・・・まぁいいや,それより気になるんだろ?」


メ:「えっ?」


レ:「俺がどこ行くのか.・・・ついて来いよ.」


メ:「えっ,・・・ありがとう.」


思わぬレイジの誘いに戸惑いつつ,メリーは後をついていく.


夜空の月がそんな二人を見守るように,森を優しく照らすのだった.







─────────────────────────────







メ:「ここは・・・.」


レイジに連れられ,行きついたのは,細長い木の板が無数に突き刺さっている場所だった.よく見ると木の板には文字が書かれている.どうやら,人の名前のようだ.ということは・・・


レ:「この村の墓さ.」


メ:(なるほど.そういうことか.・・・つまり,レイジさんの持っている板は墓標だったんだ.・・・ということは,レイジさんはお墓を立てに来たのかな?)


レイジはすでに新しい墓にちょうどいい場所を見つけ,側に墓標とランタンを置き,シャベルで穴を掘り始めている.


ザクッ・・・ザクッ・・・


何度も,何度も・・・,懸命に,懸命に・・・


森の土は結構硬い.墓標が建てられるくらいの深さを掘るのはなかなか骨のいる作業なのだろう.


メ:「・・・手伝いましょうか?」


レ:「いや,手伝わなくていい.・・・これは俺がしなくちゃいけねぇことだからな.」


メ:「・・・.」


ザクッ,ザクッ・・・


レイジは一心不乱に掘り続けている.


ふと,メリーの目に,レイジが置いた墓標が映る.


メ:(・・・レイジさんにとって大事な人のお墓なのかなぁ.)


そう思い,興味本位で墓標に書かれてある名前を読んだ.



─『クラリス』



メ:「クラリス・・・.」


レ:「・・・知ってるのか?」


メ:「・・・うん.村長から話を聴いたから・・・.」


レ:「・・・そうか.・・・.」


ザクッ・・・ザクッ・・・


レ:「誰が殺したのかは・・・?」


メ:「えっ?」


レ:「誰が殺したのかは聞いたのか?」


メ:「いえ・・・.」


レ:「・・・.」



ザクッ・・・ザクッ・・・



レ:「・・・クラリスはなぁ,・・・俺が殺したんだ.」


メ:「・・・.」


ザクッ・・・ザクッ・・・


静寂な夜の森がよりいっそう静かになったような気がした.ただ,土を掘り進める音だけが響き渡っている.


レ:「・・・俺には,妻と,ちょうど今のお前くらいの娘がいた.」


メ:「・・・.」


レ:「・・・二人とも『ヘル』に感染しちまった.10年前の話だ.」


メ:「・・・.」


ザクザクッ・・・


レ:「・・・クラリスは,『私にもこの病気の治療法はわからない』と言った.・・・だから俺は,いてもたってもいられなくなって,町になら治療法が分かる奴がいるんじゃないかと思って,町に出かけた.」


ザクッ・・・ザクッ・・・


レ:「・・・結局,町でも治療法はわかっていなかった.そのかわりに,この疫病の原因は魔女だって,そういう情報だけ手に入れたんだ.魔女が国家転覆を狙って,人々を虐殺するために撒き散らしたんだって・・・.国がそう報じてて,町のあちこちにポスターが貼ってあった・・・.」


ザクッ・・・ザクッ・・・


レ:「・・・俺ははじめは信じられなかった.嘘だと思った.クラリスは優しくて,気のいいやつで,・・・あの人には感謝しかなかったから.・・・でも,だんだんと俺の中で辻褄があってきちまったんだ.そういや,あの人がきてから俺の村で疫病が蔓延しはじめたなって・・・.」


メ:「・・・.」


ザクッ・・・


レ:「・・・村に帰ったら,娘と妻は死んでた.妻はその日の前の晩に,娘はその日の朝に息を引き取ったらしい.・・・亡骸はすでに燃やされてた.病気を広めないためって理由で・・・.」


ザッ・・・


レ:「・・・俺は,俺はその知らせを聞いて冷静でいられなくなった.クラリスを信じられなくなった.それで・・・だから俺は・・・クラリスを・・・.」


───ぽたっ


レイジの身体はわなわなと震えている.


レ:「なぁメリー.・・・何でかなぁ.・・・何で俺は,あんなことしちまったのかなぁ・・・.世話になってたのに,娘と遊んでもらってたのに.友達だったのに・・・.何で俺は,見ず知らずの町の連中の言動を信じて,彼女を信じてやれなかったのかなぁ・・・.」


メ:「・・・.」


言葉がのどに詰まる.何といっていいのかわからなくて.彼の背中になんて言葉をかけても間違いな気がして・・・.


レ:「・・・すまねぇな.取り乱しちまって・・・.」


メ:「いや・・・.」


ザクッ・・・ザクッ・・・


レ:「・・・俺はな,メリー.あんたを見て確信した.・・・あんたの行動を見て,あんたの目を見て,やっぱりあの人は疫病とは無関係だったんだって,あの人は無実だったって,俺のしたことは間違いだったんだって・・・.あのときはそれが受け入れられなくて,あんたにあんな態度を取っちまったが,今はもう受け入れた.」


穴が十分な深さになり,レイジはシャベルを脇に置き,代わりに墓標を持ち上げる.


──ザッ


レ:「それで,墓を建てようと思った.・・・こんなことしてもなんの罪滅ぼしにもなんねぇし,あの世の家族にも顔向けなんてできねぇけど・・・.」


メ:「・・・.」


レ:「・・・メリー,俺を殴るか?」


メ:「えっ!?そんなことしないよ!・・・したくないよ・・・.」


レ:「・・・そうだよな,あんたならそういうよな.・・・すまねぇな変なこと言って.」


サッサッ・・・パッパッパッ


レ:「おしっ,できた.」


レ:「・・・メリー,この世界には俺みてぇに,自分を悪者だと思いたくねぇ奴がわんさかいると思う.・・・自分が間違ってるって気が付いてんのに,認めようとしねぇ奴がいると思う.・・・だからメリー,そういう奴らに何を言われようと気にすんな.胸を張っていってくれ.あんたの行動は正しい.あんたはすげぇ人間だ.だから──


レ:─だから,俺はあんたの旅を応援する.あんたのことを応援する.・・・今までの態度,本当に済まなかった.そんで,この村を救ってくれてありがとう.メリー.」


メ:「レイジさん・・・.」


メリーは胸の中が暖かくなっていくのを感じた.


レ:「・・・さて,明るくなってきたし,さっさと帰るか.村のやつらが心配するだろうしな.」


メ:「・・・うん.」


こうして二人は,トクダ村への帰路につく.昇り始めた朝日が二人の背中を明るく照らしていた.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る