第48話 深血の間での会議
吸血鬼一族もまた、遥か昔にこの世界へと転移して来た異邦人(エトランジェ)となる。
吸血鬼の王は一族で一番魔力が強い者が選ばれるのだが、今の時代では膨大な魔力を持つのは始祖の血に一番近いものだけ。
交配によって子孫を産み出す労力を嫌い、血の継承行為により仲間を作り出す事を選んだ吸血鬼たちの能力は目に見えて劣化している。その事に危機感を抱いた上層部は、交配による子孫を産み出す事を推奨したが、継承行為によって増えた吸血鬼の子は弱いままなのだ。
では、交配によって生み出された吸血鬼が子供を作れば良いだろうと考えたところ、何百年と生きた吸血鬼は見かけは美しいままでも、子宮や精巣の高齢化により、子供が出来にくくなってしまったのだ。
強い子孫を産み出すためには、強い精子と卵子を授精させることとなるのだが、そこで受精卵を着床させる産み腹が必要になるというわけだ。
誘拐、オークションでの人身売買などで集められた人間、獣人を産み腹として利用する事を考えたが、そこに待ったをかけたのが今の吸血鬼王で、
「女の体の中で、我らが子孫が育まれる等と到底許せぬ!考えるだけで身震いする!」
と、言い出した。
吸血鬼王の唯一の妥協点が、子宮のみの利用は可能というわけで、目も当てられないような実験、実験で、国内、国外からの非難が大きくなってくる中で、
「水の国の街、カーンに現れた異邦人は黒髪黒目が30体、今は45体近くにのぼったか?この中にも雌がたくさん紛れ混んでいるし、その子宮を使えば、今度こそ、王の子をたくさん育てることが出来るのではないか?」
と、興奮の声をエメリヤンがあげる。
「王が真実愛する人を殺した者がカーンには居るのだろう?王の無念を晴らすためにも、私はカーンへと向かいたいのだが?」
カチェリーナが瞳を輝かせながら言うと、
「ロザミアを殺したのもそいつなんだろう?だったら俺も殺しに行こう」
と、ゲラーシーが言い出した。
「まずは我々で水の国を滅ぼすとして、オークションに参加する王の守護には誰が就く?」
ゾーヤの質問に、
「それは私が行くに決まっている、王に何かあっては困るからな」
と、リュドミーラが答えた。
闇の国オプスキュリテに建てられた吸血鬼城の中にある深血の間、ここには円卓が置かれており、八人の吸血鬼卿が重要な事を決める会議が行われる場となっている。
本来、八人いるはずの会議では、ロザミアが倒された事によって一席だけ空いているような状態だ。深紅の細工が施された七つの席に座るのは、千年の世を生きたと言われる最長老のヴァレリアンを筆頭に、ゲラーシー、エメリヤン、ゾーヤ、カチェリーナ、リュドミーラと古参の吸血鬼たちが並んでいる。この中で最も若いレオニートは、頬杖をつきながら意気揚々と語る諸先輩方を眺めていた。
「水の国の『この人』が絶対に間に合わないように、リヤドナのオークションは前倒しとしておきました。腐の国との折衝は私が行っているので、オークションには私も同行したいと思います」
ゾーヤの言葉に、
「女二人が王に同行する形か・・・」
難しげな顔でヴァレリアンが呟くと、
「レオニート、お前を王の護衛として任命する。リヤドナのオークションにはお前も同行するように」
長老のヴァレリアンがレオニートにそう命じると、リュドミーラとゾーヤ、二人の女吸血鬼卿が不服そうに顔を顰めた。
吸血鬼王は女性を嫌悪する性質にあるため、普段は遠ざけられる女吸血鬼卿たちも、仕事となれば話は別という事になる。憧れの吸血鬼王の近くに居られるとあって、心弾む思いで居るのだろうが、その王の護衛となるレオニートが邪魔もの以外の何者でもないのだ。
「水の国のセレーナ姫が我らに齎した被害が甚大なものだった」
最長老であるヴァレリアンのしわがれた声が響き渡ると、騒いでいた吸血鬼卿たちもすぐ様、おとなしくなる。
産み腹として誘拐されてきた女たちを救うために吸血鬼城へとやってきた水の国の姫は、母体なしでも胎児の育成が可能となるために研究していた施設も資料も悉く燃やし尽くし、破壊してしまったのだ。
最後にはマグマ穴一つを凍結破壊して、闇の国オプスキュリテの体感温度をマイナス十度にまで下げた姫は、吸血鬼王によって殺されたのだが、被害の甚大さは筆舌に尽くし難いものとなったのだ。
また、姫が齎した甚大な被害は全て吸血鬼一族の所為であるととされた上に、水の国が吸血鬼王の引き渡しを要求して来た際に、闇の王との交渉が難航し続けたこともまた、彼らにとって大きな不満にもなっているのだった。
いつかは闇の王が闇の国から出ていけと言い出さないか、そんな恐怖感も下々の者の中には広がっているため、吸血鬼王への求心力を高める為に、吸血鬼卿たちは必死になっている。
「怨敵である水の国ブルージュに派遣するのはカチェリーナ、ゲラシー、エメリヤンの三名とし、王の付き添いにはリュドミーラ、ゾーヤ、レオニートの三名を割り当てることとする。国の守りには私が残ることとする。これ以上、吸血鬼卿の席が少なくなるというような由々しき事態にならぬよう、各自、慎重に行動をせよ。わかったな」
ヴァレリアンのしわがれた声を合図に、吸血鬼卿たちは応と答えて立ち上がったが、皆が皆、これが大変な仕事だとは一つも思いもせずに、それぞれの場所へと引き上げていく。
カーンの街に滞在していた絶界級の『この人』が目障りではあったが、水の国の王都経由でリヤドナのオークション会場に向けて出発したという情報は得ている。その為、オークションの日にちを前倒しとすることに成功した。
『この人』がカーンの街から川を利用して王都に移動したとしても、移動に5日、水の国の王都から腐の国の王都へ転移魔法を利用したとしても、腐の国の王都からリヤドナまでどう急いでも3日はかかる事になる。
『この人』がリヤドナに到着した頃には、オークションは全て終了しているという事になるため、王の護衛と言ってもそれほど大変なことになりはしないだろう。
一番若輩であるレオニートが一番最後に深血の間を出て行こうとしたところ、最後まで座り続けていたヴァレリアンが、
「王がお前をお呼びじゃ」
と、言い出した。
うんざりしながらレオニートが外に出ると、指にはめていた漆黒の指輪がキラキラと光り出した。その指輪を指で撫でながらしばらくの間俯くと、次に顔を上げたレオニートの緋色の瞳が、まるで炎獄の炎のように光輝き出したのだった。
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