第35話 番外編 乃木あやみの場合

もー!ムカツク!ムカツク!ムカツク!

 出来る奴がやれば良いじゃん!やりたい奴がやれば良いじゃん!

 石原!アイツは他人の物まで洗濯してやりたいって顔してんじゃん!

 やりたい奴がやる!やりたくない奴はやらない!それで良いじゃん!何の問題があるっていうわけ?意味が分かんないんだけど!


 あやみはやりたくない事は絶対にやらないを貫き通してきた子供だった。

 やりたくない事は二歳年下の妹に任せればいいし、母親が文句を言ってきたら、その数倍の勢いで癇癪を起こせば、やがて何も言わなくなる。


 そうやってやりたくない事はやらないあやみにとって、妹の代わりに何でも押し付けられる石原芽美を取り上げられたのは、痛恨の極みだったのは間違いない。


 担任の西山先生は、ペナルティがつけば罰金、罰金、と言い出して本当にウザイ!

 無くさないようにとか言ってみんなのお金を集めているけど、結局、自分のものにしたんでしょう?更には、異世界に来て困り果てている生徒たちを無理やり働かせた上に、生徒たちがようやっと稼いだお金まで罰金と言って搾取する。鬼よ!鬼!


「こんな酷い事ってないよね!私たち!ひたすら先生に搾取され続ける事になるのよ!やってらんない!本当に信じられない!」


 罰金刑を言い渡された夜、夕食を食べながらあやみが文句を言いまくっていると、斜め前の席に座っていたクラス委員長の中村聡太が言い出した。


「先生はさ、お金関係で疑われたら元の世界に戻った時に、教育委員会に絞られる事になるからヤダとか言い出して、昨日、市庁舎の奥にある金持ち向けの金庫に僕たちの日本円を預けちゃったんだ。その場には算盤班のメンバーが全員立ち会っているから、先生が僕らのお小遣いを使い込むって事はまずないと宣言できるよ」


「金庫に入れたから安全ってなんで言い切れるの?そもそも、算盤班に立ち合わせた上でお金を仕舞った後で、勝手に引き出しているかもしれないじゃん!」


 あやみの言葉に、クラス委員長の中村はあからさまに呆れた表情を浮かべた。


「私たちに用意された二千ミウだってきっと、私たちのお金を勝手に使って換金したのよ!私たちに少額だけ渡して、後は全部自分の懐に入れてしまったのよ!そうよ!きっとそうしたのよ!」


 あやみは担任の教師にムカついていた。

 自分が嫌だと思う事を無理やりやらせようとする西山先生が大嫌いだった。

 だから、西山先生の立場が悪くなるような事を大きな声で言うと、前の席に座っていた冒険班の槙と赤平が賛同するように言い出した。


「そうだ!そうだ!先生は俺たちの金をちょっとだけ渡して、後は自分のものにしちゃったのに違いない!」

「俺たちが苦労しているのを横目に見て、俺たちの金を使って豪遊でもしているんじゃないかな?だって最近、先生の肌がツヤツヤのピカピカじゃん!」


 確かに先生の肌はツヤツヤのピカピカだった。

 エリクサーの所為で肌だけツヤツヤのピカピカ状態が維持されていることを彼らは知らない。


「先生自身は何の仕事にも就かずにエステかよ!それで、俺たちだけ無料(タダ)働きってか?マジでムカつくんだけど!」

「本当にそれな!俺たちは日中働いて苦労しているけど、先生は一体何をしているわけ?」


 夕食は食堂で生徒全員が集まって取るようにしている。

 異世界転移をして来て五日目、担任教師に対して生徒が初めて不満を口にした事になる。


 嫌な事はやりたくないあやみとしては、自分の都合の良い方向に話が進んだ事に対して一人ほくそ笑んでいた。

 先生だったら、生徒の事をもっと尊重すべきだし、生徒が快適に過ごすために死ぬ気で動かなくちゃいけないし、生徒は何一つ嫌な思いなどするべきではないのだ。


「そもそも苦労ってなんなんだよ!俺たち二人に薬草採りを丸投げして、四人で魔獣を狩に行って、それで何も出来ずに帰ってきたお前らが苦労とか言ってんなよ!好き勝手やっているお前らに文句とか言って欲しくないんだけど!」


 お金が取り上げられて異世界飲み屋(キャバクラ)が遠のき、怒り心頭だった三浦賢人が、二人の勝手な発言に怒りを爆発させた。


「先生が僕らのお金を使い込んでいるとか勝手なことを言っているけどさ?僕は先生が自分の私物(五百円玉)を売って現地のお金に換金しているのを見ているし!先生がその換金したお金から僕らに二千ずつ渡しているの知っている!先生が使い込みなんかしていないって僕が断言するよ!」


 立ち上がって大声を上げる吉沢健に対して、槙と赤平が怒りの声を上げた。


「お前も先生のグルなんだろ!」

「先生から賄賂でも貰ってるんじゃないの?そもそもお前が冒険班の班長だった時点でおかしいと思っていたんだよ!まさか、先生のスパイとなって冒険班に入り込んでいたんじゃないだろうなぁ?」


「もうやめてよ!先生がおかしいっていうのは、みんなが気がついていた事でしょう!」


 クラス委員である小芝充希の言葉に、生徒たちの騒めきが大きくなる。

 あやみにとってこれは良い流れだった。

 自分は正義、自分に反抗する者は悪。

 自分に罰金を課する先生は悪の権化に他ならないのだから。


「やっぱり、先生、最初からおかしいと思ったもの」

充希が追い打ちをかけるように言うと、

「いい加減な事を言うのはやめてよっ!」

泣きながら石原芽美が立ち上がった。


「おかしいのは乃木さん!小芝さん!あなた達でしょう!自分たちの洗濯物は私が洗うのが当たり前みたいな感じで押し付けてきたあなた達の方がおかしい!私はあなた達のお母さんじゃないのよ!私!昨日も一昨日も洗濯させられたんだよ!」


 泣き叫ぶ芽美に賛同するように厨房班の女子達が立ち上がる。


「そうよ!そうよ!何であんた達の洗濯物をイッシーがやらなくちゃなんないのよ!」


「自分たちがクラスでチヤホヤされているから勘違いしちゃったんじゃないの?自分たちは特別だから何をやっても許されるとでも思っているんじゃない?」


「小芝さんなんか!私の石鹸当たり前のように使って返しもしないどころかお礼も言わないじゃない!先生がおかしいって言う前に、あんたの方が十分におかしいわよ!それといい加減、私の石鹸返してよ!」


 みんな、異世界に移動してきて疲れている。

 不満や不安は溢れるほどで、そこから着火した怒りの炎が担任の西山先生に向かう所だったのに、厨房班の女子の所為でその矛先が自分たちの所へと舞い戻ってくる。


「石鹸を取ったつもりなんてない、返すのを忘れていただけなのに」


 充希が涙をポロポロと溢し始めたので、男子の同情票が充希の方へと傾いていく。

 こういう時って美人は得よね〜と思いながら、あやみは自分の隣で涙をこぼす充希を護るように優しく抱きしめた。

 これで、美人で儚げに涙する親友を心の底から心配するヒロインの出来上がり。


「充希!泣かないで!」

 わざとらしいほど大きな声を上げながら充希の髪を優しく撫でていると、

「もうやめてくれよ!西山先生について行くのが嫌だって言うのは何も槙と赤平だけじゃないんだよ!」

清掃班所属の久我俊幸が叫び出したのだった。

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