第29話 悪魔の実
「名前なんてどうでもいいネ〜、先生には早急に話をしたかったコトがあるのネ」
アロイジウスさんが指を鳴らすと、途端に周囲の音が聞こえなくなる。周囲を光の膜で覆われた為、少しの間、目がチカチカして仕方がなかった。
「ごめんね、防音と幻覚の魔法をかけたんだよ」
「読唇術を使える奴が紛れ込んでいるとも限らないネ、警戒するに越したことないネ」
魔法というやつで、僕らはたわいもない話をしているように周囲から見えるようにしているらしい。魔法って凄いなー、僕もそういう魔法が使えたなら、職員会議中に話を聞いているように魔法で見せながら、机に突っ伏して眠ったり、パソコンを使ってネットで将棋の対戦とか出来るのに。
「とりあえず、先生には国王陛下との謁見が予定される事になったネ〜」
「はい?」
「あと、国王陛下の前に、レユニオン領の領主様にも挨拶しないとまずいのネ〜」
「はあ?」
僕は今日、悪魔の実という良く分からないものを、嘔吐して吐き出した覚えがあるのだが、同じくらいのものを胃の中に投げ込まれたような感覚を覚えた。
「な・・な・・なんで?国王?異邦人(エトランジェ)って地方局の管轄になるって市長のブリアックさんが言っていましたけど?なぜ、国のトップオブトップが出て来ることになるんですか?」
「そりゃあ、国が滅びるのを阻止してくれた恩人に褒賞を与えるためネ〜」
え?どういうこと?
「奴らが計画した襲撃の規模を考えると、カーンの街どころか、レユニオン領自体がどうなってしまったか分からないような状況だと思う。ゴブリンは繁殖が早いから、人族や獣人を産み腹として使われれば、あっという間に増殖することになるしね」
「魔法の効果がないという変異種(イレギュラー)の噂は聞いていたけどネ〜、将軍級や英雄王レベルが魔法効果を消滅させるとは知りもしなかったのネ〜。これから新しい戦い方を模索するにしても、時間稼ぎが出来た事は有り難い話なのネ」
「今日の襲撃は前々から計画されていたものだろうし、吸血鬼王が絡んでいるのは間違いのない事実だよ。殺されたあの人は国王陛下の妹姫となる方だったんだ」
「先生はその妹姫の後任になるかもしれないしネ、吸血鬼卿(バンパイヤロード)であるロザミヤを討伐したんだものネ、陛下としても直接労いたいんだと思うのネ〜」
「そんな労い、いらないんですけど」
「そういう訳にはいかないのネ」
この人さんは、大量の金貨が入った袋を僕の前に置いた。
「これはアンギーユ一味の下っ端分の報奨金になるのネ〜、なくさずに持っておいて欲しいのネ〜」
「宿舎に置いておくのも危ないから、市庁舎にある金持ち用の金庫に預けておく事をお勧めしておくよ?明日、ブリアックさんの所に説明に行く時にでも預けたらいいよ」
二人はよかったね!みたいな表情を浮かべて僕を見るんだけど、バスケットボールがまるまる一個入る大きさの袋に金貨が詰め込まれていると思って欲しい。
無茶苦茶重くて、持てたもんじゃないんだけど?
「いやいや、無理ですよ、自分で持ち運ぶのは怖いんで、この人さんが市庁舎まで持って行ってくださいよ」
「ええ〜?面倒臭いネ〜!」
狐顔をあからさまに歪めると、それでも、何かを思い付いたような素振りを見せながら、
「だけどネ、もしも先生がこれをくれると言うならネ、市庁舎に金を運んでやってもいいのネ〜」
ポケットから蜜柑程度の大きさをした、カピカピの梅干しみたいなものを取り出して言い出した。
「あ・・悪魔の実・・・」
アロイジウスさんがびっくりした様子で目を見開いたけど、それが悪魔の実というのなら、今日、僕が吐き出したのがこの人さんが持っている物になるのだろう。
「先生は、自分の生徒さんを大事にして守っているようですけどネ〜、やっぱり色々と難しいとは思うんですよネ〜。何せ、吸血鬼たちは欲を増大させるのが大好きでネ、年若い連中を意のままに操るのなんて簡単な事だと思うんですよネ〜」
「確かに・・・」
異世界に転移してきて三日、みんな、普段とは違う生活環境に慣れようと必死になっているけれど、中には不和の種となるような子が表に出始めているし、そのうちに何かをやらかすのは目に見えている。
勝手にやらかすのは良いけれども、そこで臓器を引き抜かれたり、子宮を取り除かれたり、挙句の果てには繁殖に利用されたり、なんて事になったら、文科省だって黙ってはいないだろう。
「これから先生は色々なところへ出掛けなくちゃならなくなるけどネ、その間に、今日みたいに生徒目当てで襲撃をかけて来る奴も出て来るだろうと思うのネ。だからネ、先生がこの悪魔の実を私にくれると言うのならネ、金も運んであげるしネ、子供達の面倒だって見てあげるのネ〜」
「なっ・・・・」
アロイジウスさんが心底ビックリしたような表情を浮かべているけれど、僕も正直に言ってビックリだよ。『悪魔の実』って言うと特別な物のように思えるけど、結局、僕が吐き出した胃石みたいな物でしょう?
「今日の事からも分かるとおり、生徒たちを守るのは相当大変な事になると思うんですが?」
「そんなもの関係ないネ」
フッと鼻で笑うこの人さんを見つめた僕は、胃石一つでお金も運んでくれるし、生徒の安全も確保してくれると言うのなら・・お願いしちゃうことにした!
ただ、なるべく面倒にならないようにと、問題になりそうな生徒の今後の方針については、この人さんと詳細な部分まで話し合う事にする。
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