第19話  面倒なやつ

『ゴブリン』それはヨーロッパの民間伝承に出てくる伝説の生物の事であり、幼い子供を攫って食べる邪悪なものとされていた。


 実際、この世界のゴブリンも子供を攫って食べるし、女性を攫って種付けをして子供ゴブリンを産み落とさせるそうなんだ。ゴブリンは同種間で繁殖を繰り返す事は少なく、他種族の産み腹を使ってその数を増やしていくのだという。


 その為『ゴブリン』の中にも『ホブゴブリン』『コボルト』『バグベア』『ノッカー』など種類があって、その中でも知能が高い一団の中から、軍師、祭司、将軍、英雄、英雄王と現れ、秩序だった動きをするようになるらしい。


 知能が低いグループの討伐は容易いが、知恵があるグループは厄介。それゆえにゴブリンは『色々と面倒』という扱いになるらしい。


 背の高い木々などない見晴らしの良いその場所で、身を隠すものといえば大地に転がる蛇紋岩しかないような状況で、エルフのマチューが、

「うわー〜、ハズレをひいちゃったなー〜」

と、言い出した。


「マチュー、ハズレじゃなくて当たりだと僕は思うよ?だって見てごらんよ、あの巣穴からそのまま一直線に山の丘陵線上を降って行った先には何があると思う?」


 眼下に目を向ければ鬱蒼と生い茂る森林、その先には平原に囲まれた小さな町の姿が見えるのだ。


「奴らはカーンの街を襲撃する為の基地をここに作ったんじゃないのかな?」

「ゴブリンがそんな頭の良い事する?」

「最低でも軍師はいると思う」


 えーっと、えーっと、つまりはどういう事なのでしょうか?


 僕たちの視界の先にある窪地には、ラグビーボールのような形をした巨大な土の塊が見えている。

 大きさとしては体育館3個分って感じ、土の間には一定間隔で四角い窓のようなものが出来ていて、そこからゴブリン?が出入りしている姿が見えるわけだ。


 巨大なラグビーボールのような形をした家の周りには巨大な羽蟻が無数に行き来していて、土を積み重ねては口から粘液のようなものを吐き出している。


「クピンを誘導して巣を作っているんだな」

「厄介だな〜」


 大きな岩の影から盗み見ていたマチューとジャメルがうんざりした声をあげる。


 理由を訊いてみたところ、クピンというのが巨大な羽蟻の事で、口から出す粘液を使って土を固めながら巣を作るんだけど、爆裂魔法の使い手を連れて来なければ破壊など到底出来ないほど強固で硬い巣になるそうなのだ。


「カーンみたいな田舎街に爆裂魔法を持っている人なんて居ないだろうから、領都まで連絡をして強力な魔法使いを今すぐここに連れて来なくちゃならない。絶対にこの巣を破壊しないといけないわけだけど、肝心の魔法使いが来る前に、ゴブリン達は直線襲撃(ストレイトアサルト)を開始すると思うんだ」


 産み腹が単一ではないゴブリンは個体差が大きいらしく、頭の良い奴は物凄く良くなるし、頭の悪い奴はかなり悪い。大多数の個体が頭の悪い部類に入るため、ゴブリンアタックは直線襲撃(ストレイトアサルト)と相場が決まっているのだという。


「うわっ!ちょっと待てよ!面倒なやつが出てきた、祭司クラスじゃないかよ!」


 四角の形をした無数の窓のうちの一つから、明らかに他のゴブリンと比べると違う、全身を装飾で飾りつけた小柄のゴブリンが出て来たわけだ。白い樹皮の枝を剣のように掲げて、何かしら大声を上げ始めている。


 すると他の窓からもゴブリンが次から次へと溢れるように出てきて、ラグビーボールの周りに群れを作り始めた。

 その群れを睥睨するようにラグビーボールの頂点に立った祭司が、何やら、白い木の枝を振り回りながら天に向かって大声を上げている。


「ゴブリンは大規模な攻撃をかける時には、祭司クラスが神に祈りを捧げるんだっていう話、遥か昔におじいちゃんから聞いたことがあるぞー」

「うわっ!俺たち、ゴブリンと言っても五十人クラスって聞いたよね?見る限り千は越えているように見えるんだけど!」


 えーっと、えーっと。


「あの規模のゴブリンの襲撃を受けたとして、街はどうなるんですかね?」

 僕の質問に、顔色が真っ青になった二人が僕の方を振り返る。


「あれだけ下位が集まっていたら、絶対に将軍クラスは居る!絶対に居る!」

「でかい羽蟻を揃えているのも、襲撃で利用するつもりなんだろうな。ゴブリンライダーが魔獣を使役するって話は聞いた事があるんだけど、羽蟻とかマジであるか?百年以上冒険者やっているけど聞いた事ないよ」


 茶色の体をした薄くて透明で大きな羽を背中につけた羽蟻は、小型のゴブリンの2倍から3倍程度の大きさだ。

 ゴブリンを背中に乗せて飛ぶなんてことも、出来なくはないと僕も思う。


「じゃあ・・結局どうなるんですか?」

「間違いなく全滅だ」

「はい?」

「カーンは助けられない」

「いやいやいやいや、カーンは助けられないじゃないですよ?あそこには僕の生徒達も居るわけで」

「残念だけど・・・」


 いやいや、残念だけどじゃあねえよ!


 一昨日、異世界転移とやらをやらかして、その夜には南のギャング団とかいう魚くんがやって来たばっかりだっていうのに、今日はゴブリン直線襲撃(ストレイトアサルト)?スタンピードみたいなもんだよね?これは夢か?悪夢よ覚めてくれ!


「ξνΔΦ!ξνΔΦ!」

「ψλνμ!」


 後を振り返ると、かなり離れた丘の上からゴブリン達が何かを叫んでいる。

 興奮した様子で駆け降りてくる姿から判断するに、僕らはどうやら見つかってしまったようだ。


「やばいですよ!逃げないと!」

「危ない!」

「異邦人!」


 後ろから殴りつけられて目の前が真っ暗になる。

 うわー〜―、誰かこれは夢だと言ってくれー〜!

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