第9話 【本流】(終わり)

  そして翌週、いつものように月曜から仕事に出た悟だったが、火曜日も会社へ行こうとベットで目覚めた時であった。 何だか思うように身体が動かない。 8年前に脳出血を患って元々左半身にマヒは遺っていたが、どうもおかしい。 右手だけは何とか動いたので、既に起きてリビングへ行っている留美に電話出来てもらい、救急車を呼んでもらった。息が苦しくなる中、スマホを開くと、LINEのタイムラインに真亜子の画像がアップされていた。

 真亜子と聖来、その間に挟まれた変な顔をした28年前の悟が写っている画像が一瞬見えたように思えたが、意識がもうろうとして気がついた時には、病院のベットの上で、もう昼を過ぎていた。 留美が付き添っていてくれたようだったが、悟が目を覚ますと、看護師さんを呼んで、先生も呼んで来た。


 先生によると、原因は不明で、今のところ血液検査にも脳のCTにも異常はないということであった。 元々、あった半身のマヒは、そのままであったが、それ以上に悪くなったところもなかったようである。

 安心した悟は、留美に申し訳なかったと伝えると、改めてスマホを渡されて意識を失う前に見た真亜子達とのハワイの画像を見た。 しかし、そこに悟の写った画像はなく、写っているのは真亜子と聖来の画像ばかりであった。 悟の画像は幻覚だったのか、少し自信がなくなったが、真亜子が削除したのだろうとひとり納得し、また寝てしまった。


 ◇◆


夕方、再び目覚めた悟は入院はせず、留美と一緒にタクシーで家へ帰った。  家へ帰るとあんなに息苦しく、意識も無くしてしまったとは思えないくらい普通に戻り、食事も美味しく、変わらず取ることができた。 真亜子のタイムラインにアップされた画像には、ホルデイインホテルからの眺めや、気になる木、モンキーポッドの木やその近くの動物園を外から写したもの、水平線に沈む夕日などがあった。


◇◆


  翌朝からまた仕事に復帰した悟であったが、金曜日の夕方、真亜子からLINEが入った。


『ハワイ行って来ましたよ。 おみあげ買ってきたのでお店に来て下さいね。 東山さん、私、襲われませんでしたよ。 大丈夫でした。 赤ちゃんなんて出来るはずありません。 東山さんのために産むこともできません』


 悟は、すかさず、返事を出した。


『おかえりなさい。無事でなりよりです。ぼくのために赤ちゃん産むって、どういうことですか?』


『えっ、東山さん、私に言ったじゃないですか。ハワイで襲われるから、もし妊娠したら自分に子どもがいない分、大事にして欲しいと』


『ぼくがそんなことを言ったんですか? 誰かと勘違いしてませんか? ぼくにはもう大学を卒業した娘がいますよ』


悟は、確かに子どもがいないから赤ちゃんが出来たらその子を大事にして欲しいという話をしたが、そんなことは、すっかり忘れてしまっているようだった。 

  

『気になる木』が生み出した時間の渦に捕らわれていた悟が時間の本流に戻ったのかもしれない。



           終わり

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気になる木 ―ハネムーンインハワイ― 岩田へいきち @iwatahei

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