第5話 【真亜子とデート】

 悟にも、にわかには信じられなかったが、自分が2016年に迷い込んだと考えざるを得なかった。 ここで、いくら言っても信じてもらえないだろうし、言葉のズレが生じているのかもしれないと思った。 悟は、1422号室の真亜子と聖来の部屋へと向かった。 そこへ行けば少なくとも言葉のズレの問題はなくなる。 今が何年かを確認すればいいのだ。 悟は、エレベーターを降りると1422号室へ走った。 ドアを三回あわててノックすると、中から聖来がドアを開けた。


「おかえり」


「ただいま。 中に入ってもいいですか」


悟は、それどころではないのであるが、聖来の相変わらずの軽い感じに合わせて応えた。


「どうぞ」 


中から真亜子の声がした。


「おかえり」


「ただいま」 


真亜子も軽くきたので悟もそれにも合わせたが内心は焦っていた。


「あの、今年は、西暦で何年ですか?」


「あははは、どうもおかしいと思ったら昔から来た人?」


聖来が横から茶化した。


「2016年、リオオリンピックの年ですよ」


からかう聖来の言葉に続いて真亜子が真面目に答えた。


「リオ、リオって?」


「リオデジャネイロ、ブラジルの」


聖来も続けて、


「リオのカーニバルのリオデジャネイロ」


――南半球でもオリンピックあるんだ。 ブラジルか。 やっぱり未来か? 今年はソウルオリンピックがあったもんなあ。


「ソウルオリンピックが今年はありましたけど」


「ええっ、ソウル、この前行ったわよ。 いつオリンピックあったの。 なかったわよ」


「ああ、やっぱり時代が違うんだ。 どうしょう、嫁さん、待ってるだろうな。 戻れるかなあ」


「元来た通りにプレイバックすればいいんじゃない?」


また真亜子が真顔で答えてくれた。


「えっ、またエッチするんですか? 」


悟も真顔で尋ねた。


「あははは、今度は、私とします?」


聖来も乗ってきた。


――なんでこんなモテるんだ? 未来だから? 男、少なくなった?


「それはしなくていい。 戻るのよ、 元来た道を」


真亜子がいさめた。


「そうか、そうですね」


――聖来さんともやるつもりだった。 いかん、いかん。 ぼくは新婚だ。


 やや反省している悟に真亜子が


「どこから来たの?」


「ホルデイイン」


「あっ、そうか、どこを通って来たの?」


「動物園の方の気になる木を回ってから帰って来ました」


「気になる木?」


 聖来が質問した。


「日立のコマーシャルで出てくる大きな木。 モンキーポッドの木です。 気になる木そのものは別の場所にあるんですけど、動物園の手前に似たようなかっこいい木があったんで、ゆっくり木の中を観察しながら14周回ってから帰って来たんです」


「それじゃないの? そこを反対に14周回ってみれば」


真亜子が提案した。


「確かにその辺りから少しフラフラしたりしました。 それからエレベーターを上がった時も」


「エレベーターか。 それもちょっと怪しいわね。 行ってみましょう。 エレベーターで降りて、その『気になる木』まで」


「そうですね、行ってみます。一緒に行ってくれるんですか?」


 真亜子の提案に悟も納得し真亜子と一緒に『気になる木』まで戻ってみることにした。


「私も行く」


「聖来は、留守番。 今度は、あなたにも彼氏がやってくるかもよ」


――えっ、彼氏になってる。いけない、いけない。 ぼくは、新婚旅行中だ。


 悟と真亜子は聖来を置いて部屋を出た。


「どっちのエレベーター使った? 」


エレベーターの前で真亜子が尋ねた。


「たぶんこっちです」


「じゃ、こっちで降りましょう」


 悟と真亜子はそのエレベーターで一階フロントまで降りた。 悟は、エレベーターから出るなりフロントの面々を確認したが、先ほどと変わりなく、まだ2016年のままのようだった。 二人は玄関を出て海岸通りを動物園の方へ向って歩きだした。 出かけた時は走っていたせいか、雰囲気が違う感じがしたが、それよりも悟には、さっきからぴったりと寄り添う真亜子のことが気になっていた。


――こんなところを留美に見られでもしたら大変だ。 問い詰められてエッチしてしまったことまでばれてしまう。 でもなんだかいいなあ。 包まれている感じがする。 真亜子は年上なのか? 


「どうしたんですか? なんかあったんですか。 こんなにぼくにくっついて。 失恋でもしたんですか?」


悟は、たまらず尋ねた。


「まあ、そんなとこね」


――だから拒絶しなかったのか。


「いいじゃない。 今日だけはこうやって歩いてちょうだい。 どうせ奥さんは遥か28年前よ」


――あっ、そうだ。早く帰らなければ。


 優しい悟だが真亜子の注文に応えながらも急がなければとついつい早足になった。


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