第3話『この方が悪役令嬢って配役ミスじゃありませんか
ツンとした消毒薬の匂いが漂う治療院は学院内に結構な広さを誇る独立した建物の中にあります。
どこにでもモンスターペアレントは居るもので、貴族の保護者にはその傾向が強い方もいるわけでして、今日も院は大盛況です。
重症、重傷、重体の患者なんているはずもなく、せいぜい擦り傷や軽度の打撲傷が大半。
少量の出血に衝撃を受けてまるで死を覚ったかのごとく、青ざめたり絶望したり。 しかも気絶って、そんなの舐めときゃ治るって言ってもいいですか。
後は治療院で働く医師や看護師さん目当ての男女。 こちらもぶれずに男女問わず惹かれるようです。
勉強しろよおまえら。
こんなのが次代のこの国の未来を担うのです。 あぁ終わった。
コンコン。 木で出来た扉を数回叩くと、内側から女性の声が聞こえてきた。
「どちら様ですか?」
鈴を転がしたような可憐な声が扉の向こうから聞こえてきます。
「薔薇保護親衛隊」
因みに薔薇保護親衛隊は合言葉だったりします。 あのバカ王子が暴力に訴える可能性も否定できないので。
躊躇いがちに開かれた扉から顔を覗かせたのは今回の被害者のひとり、サンセット侯爵令嬢のマーサ嬢です。
「あぁ、リシャーナ様良かった。 御無事だったんですね」
来客を確認したマーサ様は一度扉を閉めると、チェーンの鍵を外して室内へと招き入れてくれました。
「心配かけてごめんなさいね、皆さん御無事かしら」
比較的広い個室を借りきったけれど、それでも今回の被害者となったご令嬢は両手に余る人数となっているためにどうしても手狭となってしまっています。
「えぇ、事前にリシャーナ様のご指示がありましたから、ルーベンス殿下がクリスティーナ様を連行した時点で皆此方へ避難しておりましたし無事ですわ」
ひー、ふー、みー……うん。 婚約者だった令嬢やマリアンヌ様に苦言を訂したその友人など総勢十三名無事を確認。
「良かった。 取り合えず殿下の周囲はしばらく揉めると思いますので、不自由をお掛けしますが必ず数名で行動して頂きたいのです」
これ以上被害者である彼女等を傷付けたくはないのよ。
「わかりましたわ。 私たちはこれから寮へと戻ります、リシャーナ様クリスティーナ様をお願いしてもよろしいでしょうか」
躊躇いがちに流された視線の先にはベッドに横たわるクリスティーナ様が居た。
手当ては済んでいるのだろうけど、あまり顔色が優れないようで今も眠っているようだった。 枕に散らばる美しい髪もマーサ様たちが整えてくれたのだろう。
「えぇ、任せてください」
にっこりと微笑むと安堵の息をついてそれぞれが部屋を出ていった。
「さてどうしたもんかなぁ」
ベッド脇の椅子に背中を凭れてダラけると改めて目の前の美少女に目をやる。
天井を見上げて目を閉じれば顔も姿も色彩も先程のやり取りで思い出した静止画と同じ。 改めて整理すれば、彼女が昔流行ったゲームの悪役令嬢だと言う事実を再確認できた気がする。
昔流行ったゲーム、しかも今世ではなく前世。自分の事は一切思い出せないのに、ゲームだと言うことだけははっきり断言できる。
タイトルも詳しい内容も出てこないあたり本当に好きだったのか怪しいところだけど。
ひとつだけ言えることは、さっきの集団リンチはほぼエンディングだと言うこと。
マリアンヌ嬢が美男子を侍らせてちやほやされる所謂逆ハーレムというやつだったはず。
と言うことはゲームの内容は終わってますってことよ。
「逆ハーレムなんて現実でやられると本当に公害以外の何者でもないのよね」
むう、盛大な溜め息と共にまた頭痛がしてきた。
本来ならばハッピーエンドでエンディングロールなんだけどなぁ。
「あ、あのリシャーナ様……」
聞こえた声に視線を戻すと、いつの間に目覚めたのかクリスティーナ様がこちらをみて、細い腕で身体をシーツの上に起こしていた。
「ん、ああ、クリスティーナ様おはようございます。 気分はいかがですか?」
まぁ時刻は夕方ですけどおはようでいいよね。
「えぇ、大丈夫です……」
ふるふると力なく首を振る姿は小動物みたいです。
この可愛さ、悪役令嬢というよりもヒロイン属性じゃね?
う~んどう考えても配役ミスとしかとれないんだけど。
「そう、国王陛下からクリスティーナ様に今回のあのバカ王子の暴走について謝罪と、最大限クリスティーナ様の希望を叶えますと言質と書類を書いてもらったからなんでも言ってくださいね?」
「えっと、なんでも、ですか?」
「流石に王様させろとか、御実家の爵位を上げろとか、領地を増やせとかは無理かな? もし希望があれば色ボケ王子との婚約を破棄して、なるべくクリスティーナ様好みの男性を紹介してくださるそうですわね」
にっこり笑顔で茶目っ気たっぷりに言い放つ。
「ふっ、ふふっ、い、色ボケ王子って」
クスクスと小さく笑う姿も可愛いですよ。
「あー、訂正させて下さいます? 色ボケバカ王子でしたわ」
私の訂正にとうとう吹き出して笑いだしたクリスティーナ様。
本当にこの方はあの坊やには勿体無い。
「リシャーナ様、改めてお救いいただきありがとうございました。 御心遣い感謝致します、ルーベンス殿下との婚約は元々陛下と我が家での取り決めによってなされたこと。 私の一存で判断できません」
そうだよね、これが普通の対処法でしょ、出来たご令嬢だよ全く。
「それに、殿下も初恋に熱くなっておられるだけですわ。 あんな方ですけど、あれなりにお優しいところもおありになるのですよ?」
クスクスと何かを思い出すように笑ったクリスティーナ様の笑顔の眩しいこと。 ううう、浄化されて灰になりそう。
「はあぁ、ではご自分から婚約破棄をすることは」
「ありません。 私のような娘を王子殿下の婚約者として望んでいただいた陛下に報いるまで自分からお役目を放棄したりはいたしません」
そう言いきったクリスティーナ様はまるで聖母のようでした。
まじで勿体無い! 家の兄様達の嫁にほしい!
でもこの方は言葉通り決して御自分から役目を投げ出すことはないだろう。 なら……
あのバカ更生してやろうじゃないの!
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