蒼のスターダスト・ギア

水野 藍雷

第1話 砂漠の陽炎

 アンタの魂は何色だい? え? 分からない?

 それは、まだ自分と向き合ってないからさ

 だったら、私の魂は何色かだって?







   私の魂はスカイブルー

      私の名前と同じ、どこまでも広がっている空の色さ







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 私が産まれた年に、WU太平洋連合とロシミール中華国連盟RCFの戦争が始まった。


「自由と平和のための戦争だ!」


 ガキの頃、教師から戦争の理由について散々そう聞かされたけど、今なら違うと分かる。

 この戦争は互いの国の政策が正しいと主張し合っているだけのくだらない戦争さ。

 民主、共産、ファシスト……どんな国でも戦争を始める支配者ってのは、どいつもこいつもクソ野郎。

 戦争は自由と平和ためなんかのじゃない。クソッタレな政治家と悪魔に魂を売った武器商人が、兵士の命と引き換えに力を手に入れているだけだろ。無学の私でも分かる、本当にくだらない話さ。


 開戦から18年経った今でも戦争は続いて、両陣営合わせて4000万以上の人間が死んだ。

 多くの魂を犠牲にした、血塗れの自由と平和なんて、私は欲しくない!




 父さんはアメリア合衆国空軍のパイロットだった。

 たまに家へ遊びに来る父さんの同僚の話だと、父さんはエースパイロットらしい。

 父さんは自慢する性格じゃなかったけど、家に遊びに来る酔っ払った同僚が父さんの活躍を色々と教えてくれた。

 そんな父さんは自分の事を自慢げに話す同僚を止めながらも、何所か恥ずかし気な様子で、私はそんな父さんが大好きだった。


 私が16歳の時、父さんは激戦地で交戦中に同僚を庇って天国に行っちまった。

 降り積もる雪の中を神父が神に祈り、墓守人が遺体のない遺品だけが入った棺桶を埋める。

 父さんの同僚は嗚咽を漏らして墓穴向かって何度も謝り、上司は大事な駒を失って落胆していた。

 私は泣き崩れる母さんの横で空を見上げる。

 その日の空は灰色の雲に覆われて、天使が住むには汚い色の空だった。




 父さんが死んで、母さんは生きる気力を失った。

 私は母さんを励まそうと、辛い心を無理やり奮い立たせて元気に振舞う。

 そんな私に母さんは微笑むけど、その目は私を見ておらず、幸せだった頃を思い出していた。

 父さんが死んで二年後、後を追うように母さんも病気で死んだ。


「ごめんね……」


 母さんの最後の言葉は私への謝罪だった。


 戦争は私から両親を奪った。

 幸せな時間は過去の物となり、辛い現実だけが残る。

 母さんの葬儀を終えた一週間後、私は両親の思い出の残る家を出た。




 岩石砂漠の地平線が続き、雲一つない青空がどこまでも、どこまでも、広がっていた。

 真夏の太陽がハイウェイを照らして、陽炎がゆらゆらと立ち昇る。

 私は暮していた都会を離れて、西へと車を走らせていた。


 あの家で暮すのは限界だった。

 あそこには幸せが残っていた。だけど幸せの思い出があればあるほど、残酷な現実が重く圧し掛かる。

 結局、家を売り払って未納だった母さんの入院費と葬儀代に充てた。


 私の乗っている車は元々父さんの愛車。

 父さんは型落ちしたこの水素自動車を大事にしていて、今年免許を取得して私の車にした。

 車のエアコンは効きが悪く、顔の汗を首に掛けたタオルで拭う。

 ラジオから流れるダンスミュージックは今の気分に合っておらず、不快になる前にラジオを切った。


 目にかかる前髪が気になって、バックミラーで自分の顔を映す。

 何種類も入り混じった混血の私は、小麦色の肌に少しだけ長くなったウルフカットの黒い髪、瞳の色は青。友人からは勝気な性格も合わさって、生意気な野良猫の顔だと言われた。

 邪魔だった前髪を耳にかけると、バックミラーを元に戻した。




 車を走らせていると、南の空から轟音が響いてきた。

 車のスピードを落として視線を向ければ、4機の戦闘機が編成を組んで空を飛んでいた。


「F/A-25……」


 音の正体を知って思わず睨む。

 F/A-25ピアザ。アメリア空軍の第六世代ステルス戦闘機。その能力は前世代機のF/A-23ラプラスを遥かに超えており、最前線の戦闘空域では、ロシミール空軍の最新鋭ステルス戦闘機Su-87と激しく戦っていた。

 この戦闘機は父さんが愛し、戦い、そして撃ち落とされた戦闘機でもあった。


 4機のF/A-25は私の頭上を通り過ぎて、北の空へと飛び去った。

 顔を正面に戻して車のスピードを上げる。ハイウェイは太陽の光を反射して眩しかった。


「どこかでグラサン買おうかな……」


 陽炎は消える事なく、岩石砂漠をぶった斬って西へ伸びるハイウェイを歪ませていた。

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