第2話 なんか釣れました

 嫌な記憶を振り返り終え、私は現実に戻ってきた。“ヒッパレー”で現出した魔法の糸は、ライトグリーンに発光しながら海面でユラユラと揺れている。


「釣れない……。このまま何も釣れないと……詰む……」


 未知の島の中を動き回るのは得策じゃない。遭難するかもしれないし、体力も消耗してしまう。私はそんなに体力に自信のあるタイプでもないのだから。出来るだけエネルギーの消耗を抑えながら、食料を手に入れるしかない。


「お願い……何か釣れて……。私、こんなところで1人で死ぬなんて、そんなの嫌だよ……!」


 気のせいか、右手にズッシリと重みを感じた。“ヒッパレー”が何かに引っ張られている。でも、この感覚は今まで何度も感じていた。釣れて欲しいという気持ちが、何か釣れていると錯覚を起こしてしまうのだ。


「うん……? 引いてる……? 勘違いじゃなくて、本当に……?」


 右手の重みはいつまでも残っている。何度も幻覚と疑っていたが、重い。重すぎる。身体が海へと引っ張られている。これ、絶対引いてるって!


「な、何か掛かった! 奇跡だ! 逃してたまるか!!」


 私はすぐさま立ち上がり、“ヒッパレー”を両手で掴んだ。“ヒッパレー”は私が釣れたと認識した途端、勝手に対象物を引っ張り続けている。さすが引っ張ることに特化した魔法だ。海面に大きな魚影が姿を現し始め、その影は人間ほどの大きさに見えた。


「す、凄い……! あんな大きな魚をこんなに簡単に引っ張れるなんて! “ヒッパレー”凄いぞ! カッコいいぞ!」


 馬鹿にされた悔しさを跳ね除けるように、私は私の魔法を褒めちぎる。“ヒッパレー”は今、どんな魔法より最高に輝いて見えた。


 大きな魚影は、みるみる陸地へと引き寄せられていく。


「うおおおおおっ!! ふんばれー!! 引っ張れー!!」


「きゃあああああっ!?」


 私は最後の力を込め、思いっきり魚を釣り上げた。そして何故か、魚は女の子の声で甲高い悲鳴を上げていた。


「な、なになに!? 私、何釣っちゃったの!?」


 私は、自分が釣り上げてしまった謎の生物を恐る恐る見た。可愛らしい人間の女の子の上半身と、魚の尾ひれの下半身がくっついている。これって人間!? 魚!? モンスター!?


「うぅん……。わたくしは一体……。ハッ!? あなたは誰ですか!?」


「えっ!? あっ、私はコルクと言います! 釣り上げちゃってごめんなさい!」


「いえ、釣られてしまったわたくしが悪かったのです……! お気になさらないでください……! あ! わたくしはミルティと申します!」


 私が取り乱しながら自己紹介すると、下半身が魚の女の子も丁寧に自己紹介を返してくれた。得体の知れない存在とはいえ、まともに会話出来る女の子と出会えてなんだか少し安心した……。


「あの、率直に聞くけども、ミルティちゃんはなんで下半身が魚なの……?」


「えっ、コルクさんはセイレーンをご存知ないのですか?」


「セイレーン……? 私、ずっと里に住んでて、あんまり里の外のこと知らないんだ……」


「そ、そうですか! 良かったぁ!」


「良かった……?」


「あっ! いえ、なんでもありません……! わたくし、セイレーンという種族なのですが、ただ下半身が魚なだけですので、ご安心ください!」


 なんだかちょっと引っ掛かるけど……でも、悪い子には見えないし、まぁいっか……。


「でも、ミルティちゃんはなんで私に釣られちゃったの? エサとか何も付けてなかったんだけど……」


「えっと、水中に光の玉が沈んでいるのが見えて、それでわたくし、なんだかその玉が凄く魅力的に見えてきてしまって、自然と身体が引き寄せられてしまったのです……! 気が付いたら、その玉を握り締めていました……」


「玉に引き寄せられた……」


 “ヒッパレー”の先端には確かに変な玉が付いている。その玉には、何か私の知らない能力が秘められているのだろうか……?


「う、うぅ……」


「ミルティちゃん!? どうしたの!? 顔色が悪いよ!?」


 突然、ミルティちゃんはお腹を押さえながらうずくまってしまった。これ、私のせい!? 私が釣り上げちゃったから!?


「お、お腹が……すきました……。ずっと何も食べていなかったもので……」


「へ……? あ、そ、そうなんだ……」


「うぅ〜……。もう限界ですぅ……。お腹の中が空っぽで、動くことも出来ません……」


 なんだ……。心配して損した……。いや、お腹がすいてるのは私も同じだった……。偶然出会った同じ境遇の女の子に、なんだか親近感が湧いてきてしまう。


「あの、私も食料が無くて物凄く困ってて、それで魚を釣って食べようとしてたんだけど、もし釣れたら一緒に食べる? あっ、ミルティちゃんは魚って食べられるのかな……?」


「いいんですか!? 食べますっ! 食べさせてくださいっ! わたくし、お魚が大好物ですのでっ!!」


「そ、そうなんだ……。でも、釣れるかどうか分からないから、あんまり期待しないでね?」


 魚食べるんだ……。共食いにならないのかな……。と、そんなことは気にしてる場合じゃない。自分のためにも、ミルティちゃんのためにも、なんとしても食料を釣り上げなくては……。


「よし、“ヒッパレー”!」


 私は気合を入れ直し、海へ向かって“ヒッパレー”を放った。魔法の糸の先端にぶら下がっている丸いぶよぶよした玉が、海の中へと沈んでいく。


「ほへ〜。コルクさんは随分と変わった釣り方をするのですね……! こんなの初めて見ました!」


「あ、あははは……」


 私もこんな変な釣り初めて見たよ……。そもそも、普通の釣りもほとんどしたことないのに。でもミルティちゃんは釣れた。もしかしたら、他にも何か釣れるかもしれない。


「釣れろ、釣れろ〜……」


「釣れてください〜……。お願いします〜……」


 ミルティちゃんが真剣な眼差しで“ヒッパレー”を見つめている。プレッシャーが半端ない。これで釣れませんでした。なんてことになったら、一緒に飢え死にするかもしれない……。ヤバイよ。そんな重い責任背負えないよ……。頼むから、何か釣れろ。


「うん……? 重い……。何か来てる……?」


 私が、“ヒットしたかも”と思った次の瞬間、“ヒッパレー”は糸を自動で巻き上げていく。ほのかに手応えはある。これはもしかしたら、もしかするかも?


「来ましたか? ご飯が食べられるのですか!?」


「ちょっと待って、あんまり大きくないかもしれな……」


 私の声を遮って、水面から大きな水飛沫の音を撒き散らしながら、赤い物が飛び出してきた。私はその物体を“見上げた”。


「キシャアアアアアアッ」


「うわああああああっ!?」


 私が釣ったのは、私よりも大きな化け物のような“カニ”だった……。

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