第8話 ここもマモン商会

 仕事どうしようか。

 俺が最初から商会を創設して率いても構わないが、他にもやりたいことが多いので最後の手段にしたいところだ。

 なんて考えていると、廃れた路地に構える店を見つけた。『マモン商会』と書かれている。だが、その看板は雨風で風化しており、建物自体が古いのか見てくれはよくない。


(たしかここはマモン商会の第十区分のシマだったか)


 区分は数字が増えるほど売り上げも低い。第一区分がトップであり、第十区分が最下層である。

 ふと。

 俺はその店に入った。

 外から見て少しだけ気になるものがあったからだ。


「……いらっしゃいませ」


 店員だろうか。

 受付には仮面を付けている緑色の髪を持った女性がいた。仮面は顔全体を覆っており、鮮やかな蝶が描かれている。

 外から見ていて、どうにも気になっていた商品たちを見る。


(ふむ)


 なるほど。これは。……どういうことだ?

 いくつかの商品を持って受付に行く。


「合計で3560レピアになります」

「これで」


 とりあえず財布から一万レピア分を出して渡す。

 先に清算が済まされて袋に入れられるが、俺はまだ受け取らない。


「?」


 仮面の女性は不思議そうにこちらを見る。


「ここの責任者って呼べますか?」

「私ですけど」


 女性は端的に答える。

 内心、やや驚きがあった。

 声から察するに相当若いはずだ。仮面をつけているから分からないが、おそらく十代だろう。


「マモン商会の第十区分を任されている人ですか?」

「ええ、私が代表です。アドマト公爵家嫡子のフェゼ様」

「俺を知っているんですか」

「自分の所属している商会の、さらに上の人間くらいは把握しています」


 俺は彼女を知らなかった。

 商売の話をするにあたって第五区分までは調べてあったが、それ以下の規模は対象にならないと考えていたからだ。

 しかし、今では第二区分よりも彼女に興味を惹かれていた。


「失礼ですけど、どうしてこんな店を構えているのですか?」

「どうして、とは?」

「この店は立地も悪ければ築年数が古いはずだ。それなのに改築すらされていないでしょう。それに商品は全てゴミレベルの品質です。これなら店を経営しない方がマシだ」

「……」


 女性は下を見て押し黙った。

 しかし、俺は別に第二区分での鬱憤を晴らそうとバカにしているわけじゃない。

 もちろん、続きがある。


「しかし、店内は清掃されていて、選ばれた商品はどれも冒険者にとっての必需品が多い。品物の並びもいい。店構えと品質さえよければ上手くいっていたはずだ」

「!」


 女性が俺を見る。

 目は大きく開かれていて、青色の澄んだ瞳がよくわかる。


「察するに資金がないんですよね」

「……はい。私はマモン会長の肉親でして、経験のためだからと半強制的に店を持たされたのです」

「ほう、肉親だったんですか」

「ネイ・マモンといいます」


 彼女はそう言うと軽く会釈をしてみせた。

 ネイか。

 聞いたことがある。

 マモン会長には二人の娘がいる。

 一人は第二区分を預かる長女で、なんでもできる秀才だとか。

 もう一人は次女のネイだ。こっちはあまり話題にはあがらないが、なにやら不気味な評判を耳にしたことがある。


「なるほど。資金繰りに困っている理由はわかりました。しかし、マモン会長の娘さんなら多少の融通くらいは効くのではないですか?」

「父の第一区分からは開店資金が渡されました。しかし、他の区分はまともに取り合ってもくれません。各組合団体も。……この顔のせいで」

「顔?」

「ええ、子供の頃に焼けただれまして。到底お見せできない醜い顔なんです。だからこうして仮面を付けているんですよ」


 不気味な評判の理由はこれか。

 しかも、随分とネガティブになっているから余計に雰囲気が悪い。

 袋に詰められた商品を見ながら――。


「――少し裏で話せませんか?」

「え?」

「今じゃなくてもいいですよ。そちらの都合のいい時間で構いません」


 ネイは事情を伺うようにこちらを注視する。

 それから外の通りを見て、背にある扉を示した。


「ほとんどお客さんは来ません。来ても扉の開く音でわかると思いますから、こちらでお話しましょう」


 行動がはやくて助かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る