第36話:どうやって届けるのでしょう

 わたしの厨房入りに猛反対していたオーディンス副団長と執事長は、「ついに隠れてやりやがった」と言わんばかりのコワーイ流し目でこちらを見ていた。

 しかし、バレバレではあったものの現行犯ではない。推定無罪である。ムフ。

 文句があるなら食べてから言ってください。

 わたしはスーンとして、普段通りにしていた。

 結局、二人とも少し恥ずかしそうに「とても美味しかった」と言いに来た。


 ふぉっふぉっふぉっ。

 イケ仏様、今回もわたしの完全勝利のようですね。


 パイは袋に入れてラッピングをし、小さなバスケットに入れた。料理長が乾燥剤を分けてくれたので、湿気対策もバッチリだ。

 ヴィルさんに宛てたお礼の手紙も添えた。


 さてさて、無事にお礼の品は完成したけれども、これをどうやってヴィルさんに届けるのだろう……?

 宅配便のようなサービスはあるのだろうか。

 

 届け先が騎士団宿舎(社宅みたいなもの?)だったので、パイで陥落させたばかりのイケ仏様に相談をしてみた。

 騎士団宿舎にいるヴィルヘルムさんという人に届けたいものがあると言うと、予想通り「家名は?」と聞かれた。


 実は、ヴィルさんは家名を名乗らなかったので分からないのだ……。メモにも「ヴィルヘルム」としか書いていない。

 この名前はそこそこポピュラーらしく、それだけでは荷物は発送できないようだ。

 事務所で調べるなどして、本気で探そうと思えば探せるらしいけれども、「善行をして名を伏せたのであれば詮索しないのがお作法」だと言われてしまった。


 わたしは外国から来た貴族令嬢という設定になっていたけれども、この国の騎士が外国の貴族を助けた場合、本人からだけでなく、相手国からも褒賞をもらえることがあるらしい。

 騎士はそれほどお給料が高い職業ではないそうで、褒賞は時に人生を変える大ボーナスになるのだとか。

 普通なら、これ幸いと喜んで家名を名乗るものだという。


 善行をなした本人が家名を伏せるという行為は、私欲を捨てて民に尽くす尊い騎士道精神であり、立派な行いとして受け止められるそうだ。

 つまり、ヴィルさんはそういう素敵な騎士様なのだ。

 興味本位で彼について根掘り葉掘り聞こうとするのは、彼の誇りを傷つける可能性があると言う。

 気になるけれど、詮索はしないという選択をせざるを得ない。


 しょんぼり……。


「せめてお礼だけでもしたいと思うのですが、これしか情報がなくて。お届けするのは無理でしょうか……」


 ヴィルさんからもらったメモを見せると、「これは本人が書いたものですか?」と、オーディンス副団長は目を丸くした。

 彼は同じ名前の騎士を数人知っていると話していたけれど、「筆跡に見覚えがある」と言って、ヴィルさんの身体的特徴を聞いてきた。


「背は副団長さまと同じくらいか、少し高いかもです。体はがっしりしているけれど、くまんつ団長ほどではなく……髪は根元が濃い茶色で毛先が金色で、あとエメラルドのような緑の瞳、それから……」


 そこまでで彼は分かったらしく、「私が届けましょう」と言ってくれた。


「あ……でも、第一騎士団の方が届けると、差し出し人が神薙だと分かってしまいませんか?」


 わたしの意図を察した彼は、怪訝な顔をした。

 彼は熱狂的な神薙信者なのか、神薙を否定されることを嫌う。神薙の象徴である百合の紋が入った印籠でも持たせたなら、「ひかえおろう~」とやりそうなタイプだ。


「リア様、神薙だと名乗りたくないのですか?」


 うぐ。

 助さんよ……(違)分かってほしい。

 わたしは水戸の御老公と同様、名乗りたくないのです。

 ビッチの象徴みたいな神薙だなんて恥ずかしくて言いたくないのです。


 このエムブラ宮殿に神薙が住んでいることは極秘情報だ。だから住所と名前を教えるだけなら神薙とはバレない。

 外国人の令嬢、それで十分なのだ。


 「お披露目会の前ですしね」と、とりあえず濁して返事をした。


「確かにそうですね。では、『入り口で使いの人から預かった』と言えば大丈夫でしょう」

「お使い立てしてすみません。よろしくお願いします」


 彼は少し何か言いたげにジッとこちらを見てから、バスケットを手に出ていった。

 代わりに来たジェラーニ副団長がメモを見て、「ほおお~、コイツだったのか」と言った。

 ヴィルさんは筆跡に特徴がある人なのだろうか。昔から慣れ親しんだ字ではないせいか、どの辺りを見て特徴を掴んでいるのかがよく分からなかった。


 くまんつ団長にもお礼をしていないことを思い出した。

 陛下から褒賞がバッチリ出たと聞いて安心はしているけれど、それとわたしの感謝の気持ちとは別物なので、いずれ何かしたいとは思っている。

 雰囲気的にお菓子という感じではないし、また何か考えなくては。



 二日後、パイを入れて渡したバスケットに、オシャレなブレンドハーブティーの缶と手紙が入れられて戻ってきた。

 缶に書かれたブランド名を見た途端、侍女が興奮し始めた。


「エルバーグルですわ、リア様っ」

「まあ、なんて素敵っ」

「これはカルセド公国の超・超・有名店のものですわ」

「お目覚めブレンドと、こちらはお休みブレンドっ」


 缶に描かれた寝起きのウサギさんと、ベッドに入るクマさんの小さな絵が可愛らしい。

 くるりと回して裏側を見た。

 カモミールをベースに、朝用はミントと柑橘系、夜用はラベンダーをブレンドしてあるようだ。皆で缶を囲んで、しばしキャッキャした。


 この王国にも茶文化が根付いている。

 噂によると珈琲もあるらしいけれど、今のところはお茶一択だ。日中は紅茶を飲むことが多く、目覚めと寝る前はハーブティーにフルーツを組み合わせたお茶を頂くのが習慣になっている。

 ハーブは庭師さんが育ててくれたフレッシュハーブだったので、缶入りのドライハーブティーは、ここではとても珍しい。

 皆で淹れて飲んでみると、とっても良い香りでほのかに甘みがあり、美味しいお茶だった。


 はあああぁ、もう幸せ。

 お茶までイケメンです……。

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