第二話(前編) 回想

 昼時のことだった。

 肩を叩かれ振り向けば、後ろにいたその男は俺を昼食に誘ってくれた。

 いつも明るいそいつの名前は、憩場いこいばと言い――俺はこいつのことを『恋敵』と呼んでいる。


 理由はある。元の名前から連想したのもあるが、彼の体質のようなもの、が、由来と言えばそうだろう。

 彼の場合、どうしてか、『好意を向けているわけでもないのに、同性の相手から、同じ女性を狙う恋敵にされている』――のだ。それを聞いてから、俺の中で彼のことは『恋敵』であり、それ以外に適したあだ名は見つかっていない……使っているのは俺くらいなものである。


 恋敵と言われるだけあって、なかなか整った顔をしている……イケメンだ。喋らず、その場に立っているだけならモテただろう……しかし、話してみれば、彼は絶対にモテないなあ、と思わざるを得ないのだ。


 彼のトークは人を選ぶ。万人受けではないだろう。理解するのも難しい。それに、恋敵自身が、女性を避けているようで……、勘違いではないだろう。

 度々、避けている場面を見てきている。


 俺の知り合いの女性を恋敵に紹介してみたところ、想像もしていなかった結果になった。

 恋敵は女性を前に、まったく喋れなくなってしまったのだ……、そこを面白がってくれた彼女たちだったが、まあ、成功とは言えない会だった……。

 彼女たちはどうか知らないが、恋敵の方はもう二度と会いたくないとまで言っている……――二人が特別、嫌ってわけではなくて……女性が苦手なのだ。


 あれほど弱った恋敵を見るとは思わなかった……。

 それでも彼女たちには好印象っぽく映ってしまっているのは、恋敵らしいとも言えるけど。

 それからか。

 恋敵に、親近感が湧いたのは。


 弱点を知ると近づいた気になれる。

 なんにせよ、その一件から、俺は恋敵が見逃せなくなった。


 恋敵の方は俺のことなんて、多くいる友人の中の一人だろうけど。


 でも、俺の中では親友だ――結局、親友なんて言っても言い方の違いがあるだけで、友人と同じなんじゃないかと思ったものだけど……だが、やはり恋敵を友人の枠に入れるのは、嫌だった。これが友人と親友の違いなのかもしれないな。


 手離したくない。

 独占したいのだ。


 そういう気持ちを抱くことが、親友なのではないか――。


 まあ、間違っていてもいいさ。困るわけでもない。

 点数など引かれない、評価など下がらない。正すのは自分だ。


 そのまま、突き進んでしまうのも自分である。

 俺は、恋敵を独占したかったのだ。



「なあ、バツ――、サークル、どこにするのか決めたか?」


「いや、まだかな……興味を引くものがないんだよね――これと言って、さ。どれか選べと言われたら、途中で棄権するレベルでなにもない」


 おまえもおれと一緒かー、と、恋敵が同意した。

 彼は腕を組みながら――考えるフリだろうけど。


「色々と見学してるけどよお、いまいちなんだよなあ――これだ! ってなるものがねえ。売りって言うか、インパクトがない」

「インパクトを求めてるのか? 格闘技系に入れば? 嫌でもインパクトを受け取ることになるだろ」

「肉体にダメージを与えるインパクトはいらねえよ!! 心に響く方のインパクトが欲しいんだよおれは!!」


 インパクト、か。

 確かにこの大学のサークルは、どこも頭を隠すように身を縮めて、小さく、遠慮しているように見えている。

 押しが弱いのか……、昨今のコンプライアンスのせいなのかもしれないけど……、これは偏見だけど、サークルってもっとこう、無理やり連れていくようなところじゃないのか?


 イメージとは違い、そんな気配がまったくない。

 校風と言ってしまえば、そうかもしれないけど……。


 まるで「嫌われたくないから、とりあえず誘うけど、去る者を追うことはしない」――と言うのか。

 親切過ぎるのかもな。

 優しい――それが悪いとは言わないけど。


 そのせいで、俺や恋敵のようにうろうろとしている学生が出てくるのだ。

 暇を持て余したようなやつである。


「……まだ見学していないところ、あるか?」

「あるけどさ……、探せばまだまだ出てくるぞ。サークルの数、馬鹿みてえに多いからな。おれも見学したサークルは多いが、さすがに全部じゃねえし、三分の一もいってねえんじゃねえかな……」


 そんなものか。

 恋敵がどれだけ回ったのか知らないから、なんとも言えないが……。

 インパクトがないサークルばかりを見て周ったのでは?

 選んでいったのであれば、恋敵のセンスだろ。


「あ、インパクトと言えば、あれはどうだ――インパクトしかないだろ」

「ん?」


 俺が指差した方向には、ガイコツを大量に体にぶら下げ、死神が持っていそうな大きなカマを二本、肩にかけていて――加えてパンプキンの被り物をしているあれは、なんだ?


 体のラインを見れば女性っぽいけど……――謎の人物が目の前に立っていた。

 インパクトは確かにあるが……悪い方向へいってしまっている。

 恋敵を見れば、首を左右に振っていた。


 関わるべきではない。それには俺も同感だった。


 たとえあの人物に用があったとしても、話しかけるのは躊躇われる。近づきたくもない……関係性を残しておきたくはない相手だ。俺たちはゆっくりと後退し――しかし。

 思い通りにいかないのが人生だ。

 最悪へ進む、そう思っておいた方がいい。

 理不尽がやってくる。


 奇妙な格好の女性(?)が、俺たちに気づいた、気づいてしまった。

 ……まあ、最初から向こうも、認識はしていただろうけど……ただ、あくまでもそこにいる、と分かっていただけだ。狙いの的ではなかったのだが……、今は、違う。


 近づいてくる。

 俺たちは襲われるのか?

 まさかあのカマでグサリ、はないとは思うが、少なくとも良いことが起こるとは思えない。

 不幸がやってくるだろう。そうとしか思えない――逃げられない袋のネズミだ。


 俺と恋敵は、近づいてくる存在に畏怖したせいか、その場から動けなかった。

 待ちたくないのに待ってしまう矛盾である。

 やがて、近くまでやってきた女性が、待ち合わせをしていたみたいなノリで話しかけてくる。


「やっほー、お待たせ。君たち、こんな時間にうろうろしているってことは、もしかしてサークルにはまだ入っていない? だったらさっ、私のところに入らないかな? 見て分かる通り、『オカルト研究会』なんだけどさっ」


 オカルト研究会――。

 オカルト研究会?


 だからそんな格好をしているのか、とは、納得まではできなかった。

 オカルト研究会ってそういうことをするサークルだったっけ?


 この大学のこのサークルだけの仕様なのかもしれないけど……。他がそうだとも言えないわけだ。ともかく、怪しい格好の先輩(?)に話しかけられて緊張していたが、想像の中の彼女が酷いせいで、実際に声を聞いてみれば、良い人なのかもしれない、と思った。

 少し安心だ。

 ……全面的にはまだ信じないが。彼女のことを十全に知っているわけでもないし。

 でも、少なくとも悪い人ではなさそうである。


「あの、オカルト研究会って、なにをするところなんですか?」


 おそるおそる、話しかけてみる。

 オカルト研究会と言えば、その通りに『オカルト』を『研究』するのだろうけど、じゃあ内容を誰かに教えるとなった時に、黙ってしまう自信がある。

 研究、と言っても、多岐にわたるだろうし、オカルトを研究する以前に、まずオカルトってなに? というところからだ。


 漠然としているのだ、どっちも。


 結局、得体の知れないものだ。

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