月蝕のル・シッド

棺田

紅い吸血鬼の話

赤。紅。緋。私の1番古い記憶の中で、未だ鮮明に残り続ける恐ろしい赤。私から、大切なもの全てを奪った忌々しい赤。忘れたくても忘れられない、いや、忘れてはならないものだと、心の奥底で理解している。

この光景を忘れたら私は、今在る私の存在を否定することになる。


それだけは、あってはならない。


だから私は、赤いドレスを纏い、スカーレットという名を纏い、血という赤を纏うことで、その「 」を忘れないようにした。

しかし、それでも記憶は段々薄れてゆくばかりで、もはや元の自分の名前すら思い出せない。大切だったはずの、何か、の名前。

初めは忘却への恐怖が渦巻いていたが、その恐怖が薄れるほど、私の記憶はすり減った。

忘れたくないのに、消えていく。忘れたくないのに…………何を忘れたくないんだっけ?


赤というもの以外全て忘れた私にはもう、大切だったもの、守りたかったもの、手放したくなかったもの、全てが無意味だと。そう思っていたのに。



彼は、私の心をいとも簡単に射抜いたのだ。勿論、特殊な血液による効果も大きいのだろうけど。終わりのない闇を歩いていた私にとっては、彼は出口から差す一筋の光のようなものだった。ああ、彼を手に入れたら、私は、■■■■は、この悪夢から覚めることが出来るかしら?…………いいえ、覚めなくてもいい。ただ、愛すことが出来なかったあの子の分まで、私の愛を注いであげなくちゃ。


……ん?あの子って、誰だったかしら。






-スカーレット-

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