父さんの子

 この国の農奴に手袋はない。日本にいた時は近所のホームセンターや、少し値段が上がるがコンビニにも作業用の手袋が売っていた。

 こういう作業の時に何もつけていないと、雑草の葉でたまに皮膚を切ってしまう。

 最初は“痛いっ!”って反応を示していたが、何度も切れて皮膚が厚くなってきたのか、最初の頃より痛さに対して過敏に反応することはなくなった。

 師匠の修行とハイクに吹き飛ばされたり投げ飛ばされ過ぎて、痛覚が麻痺してるのかもしれないけど……。


 この世界に来ても農業は別に嫌じゃなかった。

 日本で一時期都心部に住んでいたが、たまに昔のように農業のお手伝いをやりたいなぁと、子供の頃を懐かしむ気持ちになっていたから、この世界でも手を動かせて嬉しい。


 えっ、小さい子供が農業で何を手伝うかって? 手伝うことは山程ある。


 日本のお爺ちゃんお婆ちゃんの家の田植えの前の準備と田植えと稲刈りの時期は、子供と言えど手伝いに行っていた。

 田植えの前の準備ではパレットと呼ばれる黒いプラスチックの長方形の板に、土を敷いてその上に種を蒔く。これが苗になるのだ。その後、それを育成するためのハウスに運びこまなければならない。何度も何度も往復するために人手はあったほうがいい。

 その時に運び込む手伝いでまず呼ばれる。パレットを全部運び終わったら僕の役目は一旦終わり。水をあげながら苗がある程度育つまでハウスで育てる必要がある。たしか一ヶ月程だった筈だ。


 田植えの時はそのパレットを軽トラに乗せて、実際に植える田んぼまで移動する。田んぼに着いたら苗が育ったパレットを、乗り込み型の田植え機にどんどんセットしていき、そこから本格的な田植えが始まる。

 苗が足らなくなったら補充しなきゃいけないから、補充要員も必要になる。そう、僕の出番。

 田植え機に乗ったお爺ちゃんに、苗が足らなくったなったら渡す。そして苗がなくなったパレットは、近くに流れている用水路で洗わなきゃいけない。さらに田植え機では植えきらない四隅の苗植えを、泥だらけの田んぼに入りながら、実際に手で植えなければならないのだ。

 まぁ、子供の時はどんだけ泥ん子になっても関係なかったけど。


 稲刈りの時期になったら、この逆パターンだ。稲刈りの前に水を抜いて(落とし水)、稲刈り機で吸い込むように稲を刈っていき、刈りきれない四隅の稲を鎌を使って手で刈る。

 その日の内に稲の籾を乾燥機にかけて、籾殻を取り除き玄米にする。そうすることで水分を飛ばし米の貯蔵性を良くすることが出来る。その後に、良い玄米とくず米に分けて選別されてから袋詰めをする。

 流石に袋詰めしたお米を、子供の頃の僕は持てなかったから、袋をセッティングしたり、細々としたお手伝いしか出来なかった。田植えや稲刈り以外にも、畑の除草や収穫もたまに手伝っていた。

 これも楽しかった。今となって思うのは貴重な体験が出来ていたんだなぁって感じている。

 ………まぁ、こっちの世界では麦を育てているんだけどね。


 と、とにかく! そういう日本にいた頃の慣れと知識もあって、こっちの世界でも除草作業や農作業に生かすことが出来ている。


 除草をどのぐらいの力加減や鎌を使い方のコツは心得ている。力のない僕でも余分な力を使わないで雑草をぽんっ、ぽんっ、ぽんっと根から引き抜いては、ザクっ、ザクっ、ザクっと、時折根から狩るという作業の繰り返しだ。

 ………ふぅ、まぁまぁいい感じに雑草も少なくなってきたぞ。今日はこんなところかな? 

 父さんの様子はどうだろう。距離も離れているので声を張り上げながら呼びかけよっと。


「父さーん、結構いい感じにこっちは進んでいるけどー、そっちはどーおー?」

「あぁー、こっちも順調だ。そろそろ日が暮れるからー、帰る準備をしてろー」


 父さんの許可も取ったので帰る準備を始める。近くの畑用の用水路で手を洗い、そのままバシャバシャっと水を手で掬って顔も洗う。少し服も汚れたので服も脱いで、水に浸してすすいでからギュッと絞る。

 この時期ならすぐに乾く。それに日本と比べて湿度も低い。夏場も蒸し蒸しした暑さではなく、カラッとした暑さでそこまで身体の疲労も少なく、汗もそこまでベタつかない。

 けれど弊害もあった。日本のように梅雨のような時期もあったり、僕にとって辛いのは日本にいた頃よりも冬場は乾燥し過ぎて風邪を引きやすいのだ。

 生まれも育ちもこの国なのに、なぜか耐性がない。解せぬ。


 父さんが来るまでに今日使った鎌を砥石で整える。砥石と言っても家の近くの川で師匠と修行をしていた時に、師匠の力の余波で吹き飛んだ石が、いい感じに裂けて砥石っぽくなったので、今でも便利に使わせて貰っている。

 

 高校生の時に数多く行ったバイト先の一つの植木屋さんで、角スコップで穴を掘る作業をしていた際、木の根も角スコップで切り落としつつ、作業しなければいけなかったので、ベビーサンダーという研磨する機械を使って、角スコップの刃を研いでいた。

 刃を研ぐと大抵の木の根っこは造作もなく、木の根を体重をかけて切り落とし、土と一緒に掘り起こすことが出来るようになるのだ。なので、こちらでも同じように鎌を研ぐことを欠かさない。


 こういう所でも前の世界の知識を活かしながら作業出来るので、周りの子供に比べても僕の除草作業は段違いらしい。

 文官志望でなぜか体術の授業を受けるという変な子が、不思議なことに除草作業が得意っていうのもあって、周りのみんなからは異様に見られているらしい。

 ……否定はしない。


「おっ、大分進んだな! これなら予定よりも早く除草も終わりそうだな。流石カイだ! やっぱりカイは父さんの子だな!」


 そう言って父さんは、僕の髪をワシャワシャしながら撫でくり回してくれた。

 ……ちょっと照れてしまったので、“…ちょっと、父さん”と少し訴えてみる。

 父さんもわかってくれたのか“あぁ、悪い悪い”と手を退かしてくれた。


「よし、今日はもう帰るぞ。どうせこの後も、ハイクと特訓するんだろう?」


「うん、もちろんさ!」


「じゃあ、頑張って行ってこい。…あっ、そうそう。今日の夕飯は楽しみにしとけ。今日は特別だぞ!」


 ……ん? 楽しみにしとけ? 特別? 

 いつもの雑穀ご飯モドキと野菜の炒め物じゃないの? 

 そう言われちゃうと何だか気分が上がってきた。


「本当!? じゃあ、今日はこの後も頑張れそうだよ!」

「あぁ、気をつけて行ってこーい」


 ……全く、本当に似た者夫婦だね。僕に対して心配症なところは同じみたいだ。気をつけて行って来てって言葉が、こっちに来てから毎日毎日耳にたんこぶが出来る程聞いているけど、聞き慣れ過ぎている割に嫌だとか恥ずかしいよりも、ちょっとした幸せを感じながら走りだした。


 今日も平和で嬉しい限りです。



「……」

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