家の手伝い
パンパンパンッ! パンパンパンッ!
自分の前で大きな音が聞こえる。何だろう?
「おぉーい! またボっ〜としてるぞ。戻ってこーいっ!」
「ねぇ、何度も手を叩いて痛いんですけど! カイ、早く意識戻ってよ!」
僕はハッとした。意識が飛んで師匠と会った時のことを思い出してしまった。
「あっ、ごめんごめん。どのぐらい意識飛んでた?」
僕は考え込んでしまっていた。師匠の特訓のおかげで他の人の前だとそこまで考え込まないのだが、この二人を前にするとなぜか考え込んでしまう。二人だから安心して油断しちゃうのかな?
師匠がつい最近いなくなったからか、どうやら感傷に
「もう、五分位ボッーとしてたわよ! さっきまでの私たちのやる気を返して欲しいわ、全く。とりあえず今日はそれぞれ家に帰りましょ。家の手伝いもしなきゃいけないから」
「ちぇっ、カイがボッーとしなきゃ少しは遊べたのになぁ。とりあえず帰って家の手伝いをしなきゃな。あまりに遅いと父ちゃんに怒られる!」
わなわなとしながらハイクが今にも走り出しそうな勢いで、両足をその場でドタバタと交互に動かしながら言う。
「ごめんね二人共、僕の悪い癖が出ちゃったよ。急いで帰らなくちゃね」
とは言ったものの数分で辿り着くので、そんなに急ぐ必要はない。多分、まださっきの会話がハイクの気持ちを高めているのだろう。
イレーネは冷静さが売りだからか、気持ちがすでに冷え冷えに冷めちゃっているけど……。
「よし、行くぞ!」
「あっ、待ってよハイク」
「ちょっと、また抜け駆けするつもり!」
ハイクは僕が突然駆け出したように、僕たちの意表を突いて走り出した。だから急ぐ必要はないんだって!
「すぐに着いちまったな。んじゃ、また明日なイレーネっ! カイはまた後でなっ!」
「えぇ、また明日〜」
「…ふぅ、ふぅ…また…明日…また、後で…」
急ぐ必要がないのに急いだ結果、僕はまた二人との体力の違いを見せつけられちゃったよ……うぅ。
それから少し息を整えた僕は、二人よりも遅く家に帰った。
「……」
「ただいまー」
「おかえりなさい、カイ。あら、今日も沢山傷付いて帰って来たわね。ちょっとこっちに来なさい」
母さんもこれくらいの怪我では動じなくなった。最初の頃は息子のやりたい事を優先して考えてくれながら、毎日心配そうにハラハラしながら見守ってくれていた。
今でも心配してくれているが、僕にとっては程よい感じの気にかけ方になっている。
「ほら、顔もこんな所に擦り傷が付いているわ。少し待ってて」
そう言って母さんは比較的綺麗な布を手に取り、貯めてある水樽に布を浸し軽く絞ってから僕の所に戻ってくる。
「いい? この後父さんの手伝いがあるんだから、手を抜いちゃダメよ。あなたは自分を鍛えることに
母さんは僕の頬の擦り傷を濡れた布で優しく撫でてくれながらそう言った。
…ふふふっ、ちょっとくすぐったいや。
「うん、わかったよ母さん。今日も畑仕事も頑張るよ。ただ、畑仕事が終わったらまたハイクと訓練させてね」
「…全くこの子ったら。畑仕事を頑張るならね。あとで父さんに今日はどのくらい頑張ったか聞くからね。気をつけて行ってくるのよ」
苦笑い気味にため息をつきながらも僕の事を送り出してくれた。
多分、母さんは体術の授業で身体を痛めてないか心配だから、父さんに身体に異常がないか確認をして貰って大丈夫だったら、ハイクとの訓練に向かわせるけど、駄目そうなら身体を休ませたいと思っているんだろうな。
今のところハイクとの訓練も、つい最近まで続いていた師匠との修行も休まず続けてきたので、そこまで心配しなくてもいいと思うんだけどなぁ…。
そういうところが僕の母さんだ。心根が優しいっていうのが
僕も父さんと母さんのために家の手伝いは必死に手伝おうとしている。父さんも母さんも頑張り屋さんだから、少しでも父さんと母さんの手助けになりたいと思って、この時間も手を抜くようなことはしない。
家の手伝いや家事というのは大人になっても行わなければならないことだし、自分で行うことに価値があるとも考えている。
家の手伝いと言うと、いつも
中国の清朝時代に太平天国の乱と呼ばれる大きな宗教反乱が起きた。その反乱を鎮めたのが文官である曽国藩だ。文官でも反乱を鎮める程の武勇に優れた将なんだろうって?
いいえ、彼は戦わせたら弱いです。母を亡くして喪に服していた彼の元に、清朝は乱を鎮圧するように命じた。彼に命じる前に次々と将軍たちが病没したり、あるいは朝廷の
そんな時に曽国藩に白羽の矢が立った。どこまで戦えるか分からない文官に命じる位までに、清朝は人材が不足していた。とんでもないのが曽国藩自身が兵を募集して、軍団を組織して戦うようにと命じた。清朝軍がダメだから自力で集めてねってブラックにも程がある。
それでも彼は清朝に従った。彼は身元のしっかりとした頑健で純朴な農民を集めた。兵士同士は縁故を重視した親戚やその縁者や近隣の者とした。指揮官も自身の親族や、師弟関係のある者を集め、それぞれ縁のある者たちで軍を組織し、信頼感溢れる軍にした。
これにより軍の統率力や団結力を高め、将兵の離反を防いだ。間者を軍に入れないためでもある。彼は組織化をすることに秀でていた。
だが、実際に戦ってみると太平天国軍にボロボロになって負けた。彼が自殺を図るぐらいに負けた。味方の指揮官に止められて流石に自殺は辞めたが。その後、彼は諦めず軍を再組織して戦い、勝利を納めた。
しかし、また戦いでまた負けてまた自殺を図りまた止められた。その後、彼は待った。時勢が変わるのを。太平天国軍の内部で内乱が起きると、ここぞとばかりに攻めて勝つことが出来た。
この戦いの後に、彼の父が亡くなり再び喪に服し、一年四ヶ月も戦いの最中にありながら服した。その間、彼の部下たちが戦い続けて勝っていた。再び彼が前線に戻り戦ったが、再び大敗を喫した。
その後また戦ってまた負けてまた三度目の自殺を図ろうとした。この時以降は部下に戦を任せることにした。彼はあくまで裏方に専念することにした。
そうすることで軍が上手く回り始めて戦いに勝利を重ねることが出来るようになった。部下たちに指示を出すことで太平天国の乱を鎮圧させた彼は、漢人官僚最高の地位を手に入れた。
その後の彼は自身の率いた軍を解散させ、清朝の洋務運動の基盤を作り、彼の弟子たちの世代に後を託した。なかなか面白い英雄だ。これだけ戦に弱い文官が、結果的に乱を鎮圧出来たっていうのが素直に凄いと思える。
ついつい話しが長くなったが、家事の話しと言ったらこの人の言葉がいつも浮かぶ。それだけ心に響いたからだ。
彼は自分の子供たちが大人になったら“曽家の家訓は質素倹約である。自らの手で家事をせよ”と手紙を送っていた。彼は出世の階段を登りながらも、慢心な態度は取らなかった。功績に
人は地位を登るにつれて人にやって貰うことが当たり前になりがちで、その当たり前に対しての礼も忘れていくからだ。彼はいたずらに多くの兵を失ったとして低い評価を受けてきたが、評価が変わってきた。
戦に負け続けても彼は乱を鎮圧させた英雄だと。
僕も曽国藩のように、人としての大事な心構えをいつまでも忘れなかった点を見倣いたいと思いますッ!
……あれ、何か夏休みの自由研究みたいになっちゃった?
そんなことを考えている内に、父さんが耕している畑にきた。小麦の収穫前なので、今は
小麦の収穫に掛かりきりになってしまうと、小麦以外の穀物の面倒を見きれなくなってしまうので、今の内に行う必要がある。
「父さーん、来たよー」
「おぉ、カイか。早速で悪いが稗の畑の雑草を引っこ抜いてくれ。小麦の収穫前のこの時期だ、沢山生えてきてる。結構量があって大変だが頼んだぞ」
「うん、分かった」
僕は父さんの指示通り腰を屈めて雑草を抜く作業に取り掛かった。うわぁ、確かに結構な量だ。
…これは骨が折れそうだな。雑草を抜くにも力がいる時があるけど、根の強いのには鎌を使って抜けばいい。
手で抜けそうなものはドンドン抜いていく。
つまりこれは、雑草の根と僕の根気の戦いだ。出来る限り頑張るぞっ!
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