“思考と試行を重ねて志向し続けることで至高に至る”
ますますこの人物のことが分からなくなった。
…いや、この人の言っていることで頭が混乱している。この世界に神という存在があるのか。
そもそもこの人は、本当に帝国の人なのだろうか。この人の考えは帝国の教育や国民思想の中では余りにも異端だ。
いや、それ故に帝国では生きていけなくなり亡命という選択を選ばざるを得なかったのかもしれない。
僕はこの人を試す意味も込めて、自分は他の国を知りたいと言った。
それはこの国では禁忌の考え方に近い。僕はハイクとイレーネ以外にはこの事を言っていない。
イレーネも外の国が知りたいという考えの持ち主だが、僕とハイク以外は知らない。
つまり、よっぽど親しい人じゃないと言えないような事だ。
だが、僕はあえてこの人に自分の考えを伝えた。
この人は軍の関係者でも村の人でもないことは、先程までの会話の流れで把握出来た。
そして、この時間帯にいたこと、この人の格好、この場所にいた事から亡命することは明らか。
亡命する人になら自分の本当の願いを伝えてもいいと考えて、この人が亡命するのか、そして亡命するならなぜかを聞くために、あえて先程の答え方を僕はした。
この人から見ても僕が異端なのは明らかだ。この人はあろうことかこう言った。
“自分の考えを恥じるな。誇りを持て“
それは未知なるものを知ることへの探究心への賞賛以上の意味を持つ。
だって、この国においては他の国は侵略すべきただの他国。
もしくは植民地化を待つだけの、いずれ帝国のものになることは違いない国だから。
そんな国を知ることは無意味だ。
だから、あえてそのようなものを知ろうとする必要性はないので、学校の教育でも他国の情勢などは習わない。
この言葉の意味の重さを僕には分かった。
しかし同時に、一つの疑問が生まれて質問をしてみた。
「お褒めに預り光栄です。自分の考えが異端なのは、僕自身わかっています。それなのにあなたは僕を褒めて下さった。あなたはもしかして元は文官でしたか。もしくは高い身分の方だったとか」
「ほう、そのように考えるか。やはりその洞察力、思考は興味深い。では答えよう。その問いに対する答えは“何者でもない“だ」
どういう意味だ……“何者でもない“?
それは今のこの人が、帝国から亡命する身だからこその“何者でもない“という意味なのだろうか。
でも僕は、文官だったのか、高位の身分の方かを質問したのだ。
それなのにこの返答。暗に聞くなという事を
高い教育を受けた文官だったなら、他国についてある程度情報を得る事が出来る立場だ。そういう立場の人なら他国に憧れを持ったりするだろう。
だが、ただ滅びゆく国に亡命しようとする根拠がわからない。
ゆくゆくは帝国が世界を統べるのは当然だ。世界の殆どをもはや帝国が制しているというのは帝国民の全てが知る事だ。
……あれ、待って。僕も十分に帝国に洗脳されていないか。
僕は帝国の教えしか情報源がないから、その情報を盲信していた。帝国が世界を制する保証はない。
ただ、この国の制度と教育過程から、戦いに全力を注ぎ込んでいこんいることから、帝国の世界統一は間近だと思い込んでいた。
…いけない、いけない。これが帝国主義の一部に自分が取り込まれるという事か。自分の思考の視野を狭めないようにしないとな。
「おい、童よ。どうした。いきなり喋らなくなったが」
あ、また悪い癖が出てたみたいだ。
「すみません、ちょっと考え事をしてボーっとしてたみたいです。よくある事なので気にしないで下さい」
「わっはっは。なかなか面白い童よ。だが、注意せよ。その考えようとする思考力、洞察力はそなたの魅力だが、同時にそれはそなたの枷となっているようだ。人と話す時に思考に思考を重ね、先々の事をより他者よりも考えようとするあまり、自分だけの異空間をそなたは作り出している。それは高貴な者からの付け入る隙を、自らさらしているに近い。よいか、人と話す際は思考によりあらゆる考え得る幾つもの例を、それが最善か最悪な手段か、それが他者から観て、常套か例外な観点かを試行しながら、常に考え続けるようにせよ。さすれば其方の欠点は無くなる筈だ。話しながらこの事を行えるのは極々僅かな者しかいないが、其方には見込みがある。“思考と試行を重ねて志向し続けることで至高に至るのだ”」
“シコウとシコウを重ねてシコウし続けることでシコウに至れ”?
何を言っているんだ。多分、会話の流れから考える行為と試みる行為を述べていたことから、“思考と試行”は間違いないけど、“シコウし続けることでシコウに至れ”ってどういう意味だ?
最後のシコウはどっちだろう? 多分“至れ”という言葉から“至高”の方だと思うけど…。
三番目のシコウは続けるという行為の継続からして、高みを目指し続ける言葉も暗に含んでいるから…多分”志向“なのかな?
…この人は凄いな。僕の悪い癖を単に悪い事ではないと言いながら、それをどのようにすれば、さらに磨きをかけられるかを、今の短い言葉の中に全てを包含させた。
自分の中でもどうすればこの悪い癖を直せるか考えていたが、”思考と試行を重ねて志向し続けることで至高に至れ“か。
……良い言葉だ。ちょっと痛々しいとも思うけど、今の僕にぴったりだ。
僕の至らない点を直ぐに理解して指摘することが出来るなんて、とんでもない人だ。僕は歴史上の人物が大好きだからこそ断言出来る。
この人は間違いなく偉人だ。
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