第50話 父の期待


雨でぬれた地面は、太陽の光でだいぶ乾いてきている。


広央率いる早鷹組メンバーは、緊張の面持ちでお藤を案内していた。

決して口には出さないが、ある作戦を遂行するためメンバーの間にはピンとした緊張感が張り詰めている。



「どこまで歩かせるんだい?本当に巨大マツタケがあるんだろうね?」

お藤が不審そうに振り返り、子供らをにらむ。


「あ、あるよ~もうちょっと先にさ、時価いちまんえんのマツタケが…」

広央が何とかごまかす。

すでに山小屋からだいぶ歩いたのだ。

お藤の不信感が次第に高まりつつある。


行軍を続けることしばし…行けども行けども時価一万円の巨大松茸が生えている場所になどたどり着かない。

次第に沈黙と疑義の空気が一行を重苦しく包む。



「さてはお前ら…あたしを担いだね!?」

とうとうお藤が怒りの怪気炎をフシューっと上げた。


「いや…担ぐのはこれからなんだ…よしみんな行くぞお!!」

広央がそう言うが早いか、皆で申し合せたようにフォーメーションでお藤を取り囲んだ。

降り注ぐ罵詈雑言の嵐を無視して、メンバー全員でお藤を胴上げするような形で担ぎあげる。

そしてこの珍妙なお神輿を担いだ一団が、そのままゴールの父山頂上に向かって走り始めた。


山狩りの行われている母山と連なりあうように聳える父山。

その頂上の高宮へのショートカット山路があるのだ。(島の人間しか知らない杣道だが)

お藤の猛烈な抗議を物ともせず、一行はひたすら杣道を走り続ける。


その時。


「待てこらああ!!」

怒りの掛け声とともに、ユキたち荒鷲組一行が広央達を追いかけてきた。


「ユキ兄、“死体”の意味って…」

走りながら和希が聞く。


「“死人”って要は“今”生きてない人間の事だろ!」

「うん」

「過去の不満か未来への不安かで全然“今”を生きていない人間、お藤だよ!」

「なるほど…」



こうして二組の最後のデッドレースが始まった。


広央達が先を走っていたが、なんせ大人一人を運んでいるのでそう早くは進めない。


そうこうしているうちに、ユキたち荒鷲組はすぐ後ろから迫ってきていた。

もうあと数メートルだ。



広央はさらに駆け足を速めた。

『…いっつも訓練ではユキに一歩後れてた、ロープ訓練も格闘技も。でも今日は違う!』


広央の脳裏にふとスタート時の父の姿が浮かんだ。

父の顔には珍しく笑みが浮かんでいた、でもその笑顔を自分には向けてくれない。

今日勝てば、勝ったなら父はあの顔を自分に向けてくれるだろうか…


イサの姿も思い出す。

頂上の高宮神社で待ってくれているはずだ。


『絶対に勝つ…!』



「やっば、追いつかれちゃうって!」

サジの叫び声に広央ははっとした。

確かに後ろからはユキたちが猛追してきている。

もうすぐ追いつかれそうだ。


「俺、止めてくる!」

そう言うと、サジがくるりと背を向けて荒鷲組の方に突っ走っていった。

ターゲットにしたのは北斗。

一直線に北斗のもとに駆けつけ、さっと首にかけているペンダントを引きちぎった。


「あ、何すんだ!!」

このサメの歯が北斗の爺ちゃんの形見であることは、みんな知っている。


荒鷲組のメンバーは当然、サジの暴挙に怒って追いかけてきた。


「へっへーん、こっちだよっ!!」

サジは皆を煽ってますます怒らせる。

そしてそのままゴールの高宮神社とは反対方向に突っ走っていく。


「おい、みんな戻れ!」

ユキが怒鳴った。

荒鷲組の隊が一気に崩れて、てんでばらばらになって統率がとれなくなっている。


サジは荒鷲組に追われどんどん山の斜面側に降りていく。

角度がついているのでもう自分で走っているというより、勝手に足が進んでいる感じだ。

しかも速度が恐ろしいくらいに増していく。


「あ」

その時になってサジは思い出した。

あの時、自分が無視してしまった足元の目印サイン


小石を何重にも輪っか状に置いたもの。

「この先急斜面・止まれ」の目印サインだ。

しかも地面は先ほどの雨で、より滑りやすくなっている。



広央がサジの叫び声を聞いたのは目指すべきゴール、頂上の高宮の鳥居が見えた時だった。


「サジ!」

思わず叫んだ広央は、お藤をほっぽり出して踵を返す。

斜面をずるずる転がっていくサジを、自身も急な斜面を降って必死になって追っていく。



「ヒロ兄…」

降っていく広央を、和希が心配そうに見つめていた。


広央はもう山狩りのことなど頭にないようで、一直線に救助に向かっていく。

急にリーダーのいなくなった早鷹組の面々はどうしていいか分からず、その場で立ちすくんでしまった。


「ったくヒロの奴…まあ、サジも大丈夫だろ。普段訓練してんだから」

ユキはお藤を早鷹組から奪い取り、とっととゴールを目指した。



◇◇◇


あっけなく山狩りの勝負は決まった。


宝(お藤だが)を先に高宮のゴールに運んだのは、当然ユキ率いる荒鷲組だった。


お藤を“死人”に見立てるのはさすがに酷い、と婦人部は清治に大ブーイングだった。


サジは奇跡的にケガもなく無事。

優は軽いねん挫で済んだ。

光輝は麻疹にかかっていたことが判明した。


広央がとぼとぼと高宮についた時、母はいつものごとく不在だった。

イサは喜んで駆けつけてきてくれた、単純に広央が帰ってきた事が嬉しかったのだ。


でも広央の心に強く残ったのは勝者となったユキの誇らしげな顔と、それを賞賛する島の大人、そして父の後ろ姿だった。

息子の自分にがっかりしているであろう父の表情を想像すると、居たたまれなかった。


『俺は…父さんの期待に応えられなかったんだ…』


結局その日、広央は父と話す事はおろか、顔を合わせる事すらできなかった。


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