第21話 海辺の家


「わっ、すげえ!」

広央が思わず声を上げた。覆いかぶさるような高い波が来たのだ。


「ヒロ、競争だ!」

後ろからユキが走って来て、広央を追い越した。


二人は夢中になって波打ち際を走った。海は何度行っても楽しさが尽きない。波とぶつかるのが楽しくて、どんどん海のなかに入っていく。


「こら!危ないよあんた達!海に入んないの!」


ユキの母親の小春こはるが、後ろから声を張り上げる。


二人は“うん、分かったー”と調子よく返事するが、一向に海から上がる気配はない。それどころか歓声を上げながらますます勢いよく飛び跳ね、バシャバシャ水しぶきを立てて遊んでいる。


二人とも服がずぶ濡れだ。


「まったく、男の子ってなんでああなんだろうね!誰が洗濯すると思ってんのよ、ねえ清香ちゃん」


小春が後ろから歩いてくる広央の母親の清香きよかに、同意を求めた。

清香は何も言わず静かに笑っている。


大柄で南方由来の小麦色の肌と、勝気な眼差しを持つ小春。それとは正反対に小柄で色白、何をするにも物静かな清香。

先祖代々からの島の住民である事以外、2人に共通点はなかった。

けれど幼なじみで、昔から何をするのも一緒。

小春と清香はいつも二人一緒だった。


この時、広央とユキは8歳。


後年、広央は何気ないこの夏の日の事をよく思い出した。

この平穏な日々の中にも、すでにあの日へと続くの萌芽があったのだと。

悲劇へのカウントダウンは既に始まっていたのだ。



広央たちが海から家に戻ってきたのは、結局夕方頃だった。


海沿いの地区には古くからの民家が多く立ち並んでいる。移住者の多い街側とは違い、大半は先祖から島に住んでいる人間だ。この島の漁師たちも、主にこの地区で暮らしている。


広央の家も、この地区に昔からある古い平屋建ての民家だ。どの部屋も畳敷きで大きく広々としていて、居間からは海が見えた。

ユキの家は真向かいに建っていて、徒歩30秒だ。庭に面したガラスの掃き出し窓は、常に開けっ放しでお互いの家に出入り自由。

食事もいつも二家族一緒で、実質一緒に暮らしているようなものだった。


「ヒロ、お風呂入ってきなさい」

母に言われて、広央はユキの家に向かった。

間取りはほぼ同じの2軒だが、ユキの家の風呂場が間口の広い造りだったため、海から帰ってきた後は、いつもユキの家で入浴する習慣だった。


いつものように庭に面した掃き出し窓から、サンダルを履いてユキの家に向かおうとした。


その時。

家の横手に雑木林があるのだが、そこに誰かがうずくまっているのに気付いた。


まだ小さいな子だ。膝を抱え込んで、ずっと地面を見つめている。



…オメガの子だ。

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