第4話 アルファの雄

「も~、ヒロさんてば困ったもんだね。ワクチンの注射怖がって、会場逃げ出す子供とおんなしレベル!」

就任式場の境内で、一人の少年が叫んだ。


少年の名前は知広ちひろといった。ごく小柄で、強気な目元と少女のような顔立ちをしていて、実際女の子と間違われることがよくあった。


就任式の参列者が重々しく黒紋付などを羽織っているのに対し、この少年はパーカーにデニム、スニーカーというごくラフな格好だ。


「じゃ、ここで待ってても仕方ないから、迎えに行こうか拓海たくみ


知広の傍らに、まるで護衛でもするようかのように侍っている少年がいる。知広より背が高くすらりとした細身の身体つきで、綺麗な顔立ちと艶のある黒髪をしている。こちらも同じくラフな格好をしていて、参列者内では浮いた格好だ。


拓海と呼ばれた少年は、きょとんとした顔で答えた。

「え、迎えって…場所は?」


「まさか山中にこもってるわけじゃないでしょ、落武者じゃあるまいし。時間がもったいないから、現場に向かいながら作戦練ろうか。はい走る!走る!」

そう言って、知広は山頂から降りる石階段に向かって駆け出した。


「拓海ならどこに逃げ込む?」

そう聞きながら、知広は石段を風のように駆け下りていく。


「待って知広、危ないってっ、転んじゃうって!!」

思わず拓海が叫んだ。

そして息を切らせながら知広を追いかける。


二人は石段を駆け下り、山の中腹の“総代エリア”に到着した。拓海はゼイゼイ息を切らして、知広はケロっとして。


就任式で総代が逃げ出すという前代未聞のニュースは、すでに総代エリアの住民には伝わっているらしくそこかしこでザワついた空気になっていた。


このエリアは古く重厚な造りの家々が連なる住宅街だ。

その住宅街のはずれに、古い民家が一軒だけポツンと建っている。まるで仲間外れのように。


その民家から、人影が出てきた。


漂白されたような白い肌と白い髪、色素の薄い瞳。女オメガだ。


彼女は18歳で、そろそろ少女から女性になる年頃だ。たが女性らしいのは腰あたりまで伸ばしたストレートの髪くらいなもので、ブカブカのTシャツと短パンはまるで男物を纏っているようだ。

瞳はどこか虚ろで生気を感じられない。

そして初めて見たこの女オメガを見た人間なら、思わずぎょっとするだろう。

顔の右側半分の皮膚の色が、無残に変色しているからだ。



その白い人影は知広たちを見つけると近づいてきて、虚ろげに問うてきた。

「なにかあったか…?就任式はどうなった…」

「イサちゃん!それがさ、ヒロさんってば式の最中に逃げちゃったよ!行先知らない?」


そう知広に聞かれたイサは、ただでさえ虚ろな瞳がより一層物憂げになった。

「逃げた…?あのクズがか?」

「クズ」と発する時、いかにも憎々しげに、吐き捨てるように呟いた。


「ホントしょーもないよね!ま、心配しないで、俺たちが必ず見つけるから。帰ってきたら一緒にヒロさん吊るそうね!」


「吊るすのはいいが、イサは心配してない。見つけたら“二度ともどってくるな”とだけ伝えておいてくれ」

知広の物騒な発言に対して、イサはそれだけ言うと元いた家に向かってすたすたと歩き出す。


「拓海、ほらさっさと行くよ!」

知広はとっくに風のごとく駆け出していた。

「わ、待って!!」

追いつくべく駆け出そうとする拓海に、後ろからイサが声をかけた。


「タクミ…アレは大丈夫か?」


「あ、大丈夫…アレ、まだ先だから」

拓海はうつ向きがちに、恥ずかしそうにそう答えた。


「無理するな、タクミ」

そう言うと、イサはもう振り向きもせず家に向かっていった。


拓海はイサの背中を束の間みつめたが、ほら早く~!とせかす知広の声で、慌てて駆け出していく。


山の中腹の総代エリアから麓にかけてはエスカレーターが配備されていて、雨対策でちゃんと屋根も設置されている。

知広と拓海はエスカレーターで街に降り立った。


「でさ、さっきの質問の続きだけど、拓海ならどこに逃げ込む?」

「俺なら…人の多いところ、とりあえず街かな」

「まあ、そんなとこだよね。ヒロさんが独創性にあふれた逃亡先を思いつくわけないし。和希君たちはさ、ヒロさんに恥をかかせないよう、なるべく穏便に事を運ぼうとしてるみたいだけど」


知広が“広央捕獲計画”を拓海に話した。


「えええ!いくらなんでもダメだよ、ユキさんとか怒らせちゃうよ!」

拓海が叫んだ。この知広という友達は、一度決めたらどんなに危険だろうが稲妻のごとく突き進む。知広を守るため、一緒にこの島に来たのだ。無謀な行動は身体を張ってでも止めなければ。


「あれ拓海、そうなの?反対なの?」

知広がじーっと見つめてきた。顔は女の子みたいに可愛いのに、瞳は実に力強い。この瞳に見つめられると、つい怯んでしまう。


「いや、そんな事は…ないんだけど。」

拓海の決意は、あっさりと覆された。


「じゃあ決まり、街にレッツゴー!」


こうして二人はまた、街に向かって猛然と駆け出した。


「ヒロさんには総代の自覚を持ってもらわないとね!それと…」

後ろから追いつこうとしている拓海を振り返って、力強い笑みを浮かべながらいった。

「自分が“アルファのオス”だって事をね!」


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