家原くんは推理で認められたい!
砂藪
第1話 本日の事件発生!
「え~ん! 私のプリンちゃんとナイトはどこ~!」
結花の袖をつかんで離さないピンクのワンピースを着た女の人は、結花の知らない人だった。
(誰だろう、この人……)
自分の友達の母親と比べると少しだけ若い女の人が人違いをしていることは明らかだったが、それでも、ピンクのワンピースの女性は結花の袖をつかんだまま、地面にうずくまって泣き声をあげていた。
(これって、やっぱり……いつものあれだよね……)
結花は困った顔をしながらも、自分の袖をつかんでいるワンピースの女性の手に自分の手を添えた。
「えっと……困ってるん、です?」
すると泣き声をあげていた女性はぐすぐすと鼻を鳴らしながら、座り込んだまま自分よりも小さいはずの結花と同じ高さの視線で目を合わせて、頷いた。
結花にとって、このように変な状況に陥るのは日常茶飯事だった。
先日は、ショッピングモールでトイレに行こうとしたら、トイレから勢いよく水が噴射され続けていて、床が水浸しの状態になっていたし、その前の日は目の前で無人の子供用おもちゃとスケートボートの衝突事故が起こった。
小学校でも彼女はたびたび事件に遭遇する。
今朝だって、彼女は小学校に向かう時に大きな犬に後をつけられているのにも関わらず、それに気づかずに、校門の前で「あの犬って、渡部ちゃん家で飼ってるの?」と聞かれ、後ろを振り返ると当たり前のように白くて大きなふさふさの犬がおすわりの状態で待っていたのでぎょっとしたぐらいだ。
(もう今日は大きな犬のことがあったから、なにも起こらないと思ってたのに……)
結花は眉尻を下げながらも、女の人を拒絶することができなかった。いつもいつも事件に巻き込まれる体質であるにも関わらず、結花は目の前で困っている人を放っておけない性格なのだ。
「うーん、でも、私じゃなんの力にも……私のお父さんなら、なんとかしてくれるかもしれないけど……」
「大人の人はダメ! 夫に連絡されちゃったら怒られるかもしれないじゃない!」
「じゃあ、警察とか……」
「もっと怒られちゃうわ! お願い! 大人の人には言わないで!」
結花は頭をひねった。
困っている時は大人を頼りなさいと、ことあるごとに父親に言われていたため、大人を頼ってはいけない状況があまり理解できなかった。それに、彼女は自分がこの状況が解決できると思わなかった。
それでも、がっしりと腕をつかまれて、女の人を無視して父親に助けを求めに一度家に帰ることもできずにいると、彼女の耳に毎日聞いている声が届いた。
「結花ちゃん! 奇遇だね。やっぱり、僕らは運命の相手なんだ。帰る前にもう一回告白していい?」
「あ、
黒いランドセルを背負った
しかし、そんな彼に恋をする女子はいない。
なぜなら、毎朝の挨拶と同時に彼が結花のことを口説くからだ。
ちなみに、結花のことを彼が口説き始めて、約五年。
朝の告白失敗回数は、小学校の皆勤賞の日数と同じになっていた。いや、休日も顔を合わせると告白をされるため、告白の失敗は皆勤賞の日数の数を優に超えていることだろう。
最初は周りにちやほやされていたけれど、今はもうそれも日常の一コマになっていて、茶化す人もいない。「またやってるよ」「頑張れー」と適当に流す程度のいつものこと。
そして「運命の相手」という言葉をさらりとスルーした結花に笑顔で翔斗は近づいた。
「なにか困りごと?」
「うん、助けてほしいの」
翔斗は結花と結花の袖を握っているピンクのワンピースの女の人を交互に見て、ピンクのワンピースの女の人に近づいた。
「お姉さん、なにがあったのか、教えてもらえませんか?」
すると「お姉さん」と呼ばれた女の人はぽっと顔を赤らめて、結花から手を離した。
(翔斗くんの顔は誰でも魅了するよなぁ)
結花はぼんやりとしながら、やっと女性から解放され、翔斗の隣に立った。
彼女が翔斗のことを頼ったのは彼が自分のことを好きだからなんでも言う事を聞いてくれるからではない。いや、それも一割くらいはあるかもしれない。
でも、重要なのは、翔斗ならなんとかしてくれると分かっているからだ。
「うちのプリンちゃんとナイトがいなくなっちゃったの。家事をしていて、目を離した隙に……」
翔斗は、顎に手を当てると口の端を吊り上げた。
「人探しの依頼か」
結花は彼の顔を覗き込むと、首を傾げた。
「どう? 今回の事件は解けそう? 未来の名探偵さん」
彼はいつも結花の周りで起こる事件を解決してくれる小さな探偵なのだ。
翔斗はにやりと笑うと胸に手を当てて、結花とピンクのワンピースの女の人を見た。
「もちろん! この将来有望な名探偵見習い家原翔斗にお任せあれ!」
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