第33話 退会


 12月が来た。



 講義はほとんど終わり、後はクリスマスくらいだ。

 美帆は、イブは下原先輩と過ごすけれど、その他は麻友と一緒にいるとことにしていた。実家に帰らないで下宿で正月を迎えると言う麻友を自分の実家に連れて行くことも考えている。

 2月まで。

 トモダチでなくなるまで、なるべく傍にいることにしたようだ。

 二人は、離したくない手と手を、自ら引き剥がす準備を始めている。びっくりするくらい強いと思う。

 わたしにはしゅうちゃんの手を自分から離すなんてこと、絶対にできない。



 クリスマスイブのちょっと前、映研の忘年会コンパがあった。

 どこにでもある居酒屋の座敷にほぼ全員が集まって騒ぐ。単位、就職、論文、教授への不満、話題は今の学生も昔の学生も変わらないので、ホッとするけれど、観た映画、撮りたい映画などなど、映画論を交わす時だけは、みんな真剣で、映画研究会っぽい。


 そこで、映研アカデミー賞、略してエケデミー賞の発表があった。どうやら毎年恒例らしかった。

 大学祭の上映会でどの映画が気に入ったかなど、観客にアンケートを取っていたのは、このためだったのか。

 1番人気の映画が、エケデミー作品賞になるのだけど、なんと、それがセーラー服を着たぽんすけさんの、海辺のヤンキー女子高生探偵のサスペンス風味コメディー映画だった。

 本命は自分の難しい映画だと思っていた下原先輩はかなり凹んでいた。いや、先輩の映画はないだろう。下原先輩おとうさんにしか、あの映画の面白さは分からないに違いないとわたしは思う。

 そして、さらに、主演女優賞が麻友ではなく、セーラー服を着たぽんすけさんだったので、美帆と麻友と、そして、わたしは大笑いした。受ける!

「えええ、俺なの〜」

 会場にセーラー服が用意されていて、見たくもないぽんすけさんのセーラー服姿、生着替え付き、を間近で見ることになり、全員えずいて、酒が不味くなったにも関わらず、場は大いに盛り上がった。

 ちなみに、サークルメンバー推薦で、美帆はエケデミー賞撮影賞を獲得した。パチパチとわたしはない手で拍手を送った。


「あ、じゃあ、惜しくもエケデミー主演女優賞を獲り損ねた浅野麻友さんに一言お願いします」

 ぽんすけさんがマイク代わりの割り箸を麻友に渡した。


「え?何それ?」

 顔を顰めながらも、麻友は割り箸を受け取って、マイクのように持って話し出した。


「えっとぽんすけ、じゃなくて、ホンダ?ホンダぁー、何だっけ」

 麻友はぽんすけさんの本名を忘れてた。……あ、わたしもだ。なんだっけ? ホンダポンスケーと誰かから声が上がる。

「いいや、それで。ホンダポンスケさん、主演女優賞おめでとうございます。私と違って、名演技だったので、当然の帰結だと思います。」

 周りがげらげらと笑う。それから、少し間をとって、麻友はぽんすけさんから、座敷に座っているみんなを見渡して話し始めた。


「下手な演技で迷惑ばかり掛けましたが、自主制作映画というものに関われて、初めて、多分、最初で最後になりそうですが、大学生らしい青春っぽいことができました。半年の短い期間でしたが、ありがとうございました」


 いきなりの退会の挨拶だった。

 全員、一瞬にして酒が覚めたような顔になった。

 美帆も愕然としているのがわたしに伝わってくる。

 綺麗な女優が一人いる、それだけで映画の質が変わるんだということを麻友は映研のメンバーに教えてくれた存在だった。

「えええ、俺の次の作品にも出てくれよお」

 ぽんすけさんが情けない声を出す。

「コンピューターの勉強に本腰を入れたいんです。これからはコンピューターの時代ですから」

 まだ、パソコンを使える人が少ない時代だ。コンピュータなんて一部のマニアのもので、そもそもパソコンという単語すらそんなには一般的でなかった。そんなことを会社の研修でシステムの歴史を勉強させられたのを思い出した。

「サークルに籍だけでも残しておいてさ、向こうのキャンパスに移っても、たまにこっちに来て顔を出すだけでもいいんじゃない? そうしてるサークルメンバーは他にもいるよ」

 先輩の一人が麻友にそう言ってくれが、麻友はお礼を言って断った。


 麻友は、すっぱりと美帆から離れるつもりなんだとわたしは理解した。サークルをやめて、キャンパスが変わったら、きっと麻友は美帆と会わない。



「浅野さーん、岡部さんが泣いちゃったよー」


 ぽんすけさんが麻友を呼ぶ。

 その声で、わたしも美帆が泣いているのに気付いた。

 頬を水が伝う感触がする。

 胸の中に何かが詰まっていくのにつれて、わたしまで悲しくなっていく。美帆の悲しみがわたしにそのまま伝染してしまう。

 ああ、泣かないで、美帆。

 お願いだから。





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