フィルムチェンジ
第0話 就活
急に呼び出されたのは駅前のチェーン店のカフェだった。
金髪は黒くなり、髪はショートボブになった。まだ着慣れないリクルートスーツは窮屈そうだ。
「何?」
わたしもそんな柊ちゃんを見慣れなくて、なんだか、じっと見てしまい、柊ちゃんは怪訝な顔になる。
「ううん、そういう格好してると、すごく真面目に見えるね」
「透子はまだ私を誤解してる。私って真面目でしょ」
それこそ真面目な顔でなんて恐ろしい冗談を言う。柊ちゃんのくせに「真面目でしょ」だって!
必修単位の講義より大学祭実行委員の
「真面目なところ、見たことないもん」
私が生意気な口をきくと、柊ちゃんは唇を尖らせる。
「透子には本気なんだけど、照れちゃうから真面目になれない。だから本気なのが伝わらない、かも」
「そんな可愛いこと言わないでよ、柊ちゃんのくせに」
そう言って、わたしも照れ隠しに柊ちゃんの飲んでるカフェラテのカップを取り上げて、自分が飲む。
「あ、冷ましてたのに」
付き合い始めて分かった。
格好良い先輩の筈の柊ちゃんは、実は、意外に可愛い。猫舌だし。
「で、今日は何か用?シューカツで忙しいんじゃないの?」
わたしが自分の分のキャラメル・マキアーノの泡をちびちびと舐めていると、柊ちゃんはわたしから取り返したカフェラテを飲もうとし、やめて、呟いた。
「透子に会いたかっただけ」
ほら、可愛い。
「週の半分は会ってるじゃない」
「大学で5分立ち話をするのは会うに含まないよ」
拗ねたように視線をわたしから外す。こんな風に甘えた態度をわたしなんかに見せるってことは、よっぽどシューカツがきついんだろうな。
「柊ちゃん、就活、大変?」
…………返事がない。ただの屍になっちゃったのかな?
「あ、ごめん、何?」
柊ちゃんは、わたしに気付いて、カフェラテを慌てたように飲む。
「そんなにぼうっとするくらい疲れてるなら、帰って休んで」
わたしとしては柊ちゃんを労いたかったのに、柊ちゃんは、悲しそうに眉をひそめた。傷ついたみたいに。
「気を遣われたり優しくされたりって、ちょっとやだな」
何でやねん、と心の中でツッコミを入れた。疲れてる時の柊ちゃんは、面倒臭いのかもしれない。
「ああ、ごめん。透子が私のことを疲れてるって心配してくれてるのは分かってるよ」
「じゃ、何?何なの、今日の柊ちゃん、何だか変だよ」
わたしは、少し腹が立ってきていた。
「あ、透子、怒った。怒ってる?」
なんだよ、今度は嬉しそうだよ。もう、どう言うことなの?
「もうヤだ!柊ちゃん、シューカツがどんなんなんだか、わたしには分かんないけど、情緒不安定にもほどがあるでしょ?」
ちょっとキレたわたし。対して、きょとんとする柊ちゃん。情緒不安定なのはわたしもか。
「就活?……ああ、なんだ」
柊ちゃんは、何かを一人で納得したようで、いつもの悪い笑顔をニヤリと見せた。
「透子は、私が就活がうまくいってなくて、テンションがおかしくなってるって思ってるんだ、あはは」
「違うの?」
「まだ、就活はリハーサル中。今は、ちょっとどんな感じか試してる感じ。大体、透子だって、この私が就職なんかで動じるなんて思う?」
そう、普段の柊ちゃんは自信満々正々堂々傲岸不遜焼肉定食だ。
「シューカツが理由じゃないんだ。じゃ、何なの?」
「……透子」
「うん」
「うー、ああああ、えーと」
「うーあーえー」
柊ちゃんは、学祭実行委員長の時に、こんなに言い淀むことなんてなかったので、わたしは揶揄うようにふざけて合いの手を入れる。
それが気に入らなかったのか、柊ちゃんは、じっと目を覗き込む。
「あー、もし、良ければなんだけど、都合が付いたら、そのうち、いつか、いや、いつかじゃなくて、近々、あの……」
もじもじしてる柊ちゃん、ちょっとキモいんだけど。
「……私のウチに、泊まりに、来て」
……おっと、そう来たか。ちょっとドキドキしちゃう。そうか、そういうこともあるんだ。
はーっと、柊ちゃんが耳を真っ赤にして息を吐く。言っちゃった!って顔だ。
「透子が最初ってわけじゃないけど、今まで誘われることばかりで、誘ったことはなくて、だから、どう言ったらいいか分かんなくて。拒否られたらどうしようって、めちゃ緊張した」
学祭の時は、大学事務局とでも各種業者とでも誰とでも平気で堂々と渡り合ってたのに。変なところで腰が引けるんだなあ。
「え、なのに、わたしに優しくされたり気を使われたりは嫌なの?」
「だって、今まで、優しくされた後に別れ話が始まることばっかだったんだもん。怒られてる方が気が楽」
柊ちゃんはため息をつく。
この人、今まで、誰とどんな風に付き合ってたんだろう?モテると思ってたけど、モテるからって、自信があるわけでもないんだ。
「透子、返事……」
ちょっと上目遣いで、おずおずと尋ねる柊ちゃん。
「柊ちゃん、わたし今日、柊ちゃんち泊まる」
わたしと柊ちゃんの最初の夜は、ある日突然、駅前のチェーン店のカフェから始まったのだった。
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