第17話 飛龍

 美帆は、なぜ映研に入ったんだろう?


 現代で、お母さんが映研の話をわたしに全くしてくれなかったのは、まあ、下原先輩おとうさんと後に離婚したからだろう。お母さんもわたしも、お父さんの話はなんとなく避けるようになっていたし。


 ただ、お母さんは、特にすごく映画好きってわけでもなかった。

 たまに、昔の映画をテレビ放送で見ているくらい。まあ、あんまり暇がないからなのかもしれないけど。



「……きっかけはE判定だなぁ」

 美帆おかあさんの視線が天井に向く。人が視線を上にするときは記憶を引っ張り出している時だ。

「え?もしかして今の大学の?」

 麻友がちょっと驚いた。

「うん、模擬試験でね。割と共通一次が間近に迫っててぇ」

 たはは、と美帆が苦笑いする。共通一次って何だっけ?聞いたことはあるんだけど。

「それは、洒落にならないな」

 麻友が少し呆れたように顎を少し上げる。

「ホント、そうだったよぉ」

 美帆の目線が麻友の顎の下から首筋をなぞった。



「わたし、一人っ子で。弟とか妹が欲しくて、子供が好きで……」

「それで教育学部?」

「うん。でも、E判定だったから。もう、なんだか凄く自信無くなっちゃって。どうしようどうしようってぇ」

 美帆は、コップに烏龍茶を注いで、喉を湿らせる。

「……わたし、何にもできないから」

「そんなこと」

「うーん。勉強は平均より少しマシなくらい、運動や手先の器用さは平均、特技なし、そして無趣味。何かしたいのだけど、何もしたいことがないし、たいしたことは何もできない。あ、あと頭が硬い」

 美帆は、そう言って麻友を見た。麻友は「頭が硬い」のところでクスッと笑ってから、美帆に話を続けろと言うように、軽く顎を振った。

「今でも、そう思ってはいるんだけど。あの時は、E判定のせいで、そういう劣等感がとんでもなく強まってしまって、ひどく落ち込んじゃって。受験生だった頃の自分て、今の自分に輪を掛けて神経質で強迫的だったと思う」

 美帆が、自分で自分を笑うように目を細めたのが感じられた。そう言えば、お母さんの大学受験の話って聞いてるようで聞いてなかった。


「どうしよう、親になんて言おう、もう勉強しても無駄なのかな、なんて悩んでいるくらいなら勉強した方がいいのかな……

 うだうだ考えながら、街を歩いていて、家に帰りたくなくて、でも、制服でいられる場所なんてそうそうはなくて、飛び込んだのが映画館だっんだぁ。映画館に一人で入るなんて初めてだったんで、ちょっと緊張したんだけどねぇ。1本目は、タイトル忘れちゃったんだけど、スポーツ用の自転車を乗り回して銀行強盗をやっつける話で、2本目が『ネヴァー・エンディング・ストーリー』だったの」

「リマール!歌だけ知ってる」

 麻友が珍しく声を上げる。リマールって何?美帆は、映画2本はしごしたの??

「バスチアンがファルコンに……」

 麻友の眉が寄った。麻友もわたしも美帆の言ってることが分からなかった。

「ええと、クライマックスで主人公の男の子が、白い龍に乗って空を飛ぶのよ。なぜだか分からないけど、それに何だか凄く感動しちゃっ……て」


 何かが美帆の胸に込み上げて、視界が滲む。あれ?


「……泣いちゃったの」

「もう、今、泣いてるよ」


 麻友が慌てて、ティッシュを箱ごと美帆に手渡す。

 グシュっと鼻水を啜って、ティッシュで拭いて、美帆が続ける。

「バカみたいなんだけど」

すん、っと美帆がまた鼻を啜る。

「それで救われちゃって。一人でめちゃくちゃ感動してたら、もう、それでE判定なんか、どうでも良くなっちゃって」

「美帆って、単純!」

「へへ、そーなの。それでなんかスッキリして、すぐ家に帰って受験勉強したら、今、こうして大学生になれちゃったぁ」

「それで、映研?」

「まあ、そんな感じかなあ。自分で映画を撮れるなんて、わたし、大学に入るまで知らなくて」


「うーん、別に映画自体が好きになったわけじゃないんだけど、なんだろう、何もできないわたしでも、何か映像を残せるんじゃないかって」

 美帆は、そう言って、麻友を見た。






◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


ネタにした映画:「ネヴァー・エンディング・ストーリー」

併映「BMXアドベンチャー」(当時の映画館は二本立て)

リマール:イギリスの歌手
















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