アニメーション映画

第15話 大根

 一瞬だけ、わたしは元の自分の体に戻った。


 テレビの画面には

「Still Love Her」

 というタイトルロゴが見えた。


 ハッとして、隣にいるしゅうちゃんを見た。久しぶりに体が自分の思い通りに動いて、柊ちゃんの整った横顔が視界に入った。

 大好きな目の下の黒子。

 柊ちゃんは、画面をじっと見ている。


 柊ちゃん


 声を掛けようとしたのに


 世界がまた暗転した。






 残念ながら、わたしは、また美帆の中に戻っていた。

 かなりガッカリした。


 柊ちゃんに透子って呼んでほしかった。

 せめて、ちゃんと目を合わせたかったな……。


 なんてガッカリしつつも、お母さんとお父さんの恋をもう少し見ていたかったし、もう一人、麻友のことが気になっていたから、最初に美帆の中にいるって気付いた時ほどのショックはなかった。

 もっと、お母さんのことを知りたかった。



「分かってたことだけどさ、こうして見ると」

 麻友の呟きに美帆おかあさんが反応して、麻友の整った横顔を見る。美帆が憮然とした顔で呟いた。

「私、すごい大根役者だ」


 今日はサークルの日。

 活動用に借りた教室の黒板に、スクリーン……それ布団のシーツだよね……とにかくスクリーンっぽいモノを掛けて、遮光カーテンを閉めて、ぽんすけさん初監督作品『僕はあなたに』のお披露目をしていた。映研のほぼ全員の前で晒されている。


 ぽんすけさんは一人感動に咽び泣いているが、周りは、無反応だ。いや、下原先輩おとうさんは口をへの字に曲げている。「キミガスキダ、ダレヨリモ」という自分の台詞に鳥肌が立ったらしい。



 わたしには既に見飽きた画面だ。美帆の目を通して、もうこの映画を何度も見ていた。

 だって、美帆は、撮影だけじゃなくて編集も手伝って、フィルムを切ったり繋げたり、音を入れたりにも付き合っていたのだ。何度も何度も同じ画面を見て、どの場面とどの場面を繋いで、どの場面を何秒使うか、一生懸命考えて、すごく頑張っていた。下手をすれば監督のぽんすけさんよりも真摯に取り組んでいた。

 そんな美帆の頑張りに、わたしは付いていけなくて、途中で飽きて、意識を跳ばしてしまい、気が付いたら映画は完成していた。ごめん、集中力のない娘で。


 それにしても、こうしてちゃんとスクリーンっぽいもので1本の映画として見ると、ちゃんと映画っぽいから不思議。

 現代で、お母さんとDVDで見た時は、素人臭くて笑っちゃうなんて思ったけれど、ぽんすけさんと美帆が本当に頑張ってるのを見てしまったので、バカにすることは、もうできなかった。


 美帆が麻友に小さな声で囁く。

「大丈夫、演技は下手だけど麻友なら顔の良さでごまかせるよ」

「美帆、あんた、バカにしてる?」

「してないよー。麻友がきれいだってことをみんなに伝えようって、わたし頑張ったもん」

「何バカ言ってん……」

 麻友がちょっと拗ねた顔で美帆を振り返る。

 そして、ちょっと驚いて。

 多分、美帆が冗談じゃなくて本気で麻友のことをきれいだと思ってるのに気付いたんだろうな。美帆は、今のお母さんとおんなじで、基本はあんまり冗談言わない。

 麻友が照れた。

「……美帆の撮影がいいんだよ」

 そう言われて、ちょっと驚いてから、今度は美帆が照れた。

 この会話、聞いてるだけのわたしまで照れた。

 やだ、この人たち、絶対デキてる、なんて思う。


 美帆の視界の端に、二人を見ている下原先輩がいた。

 最近の美帆は、下原先輩より麻友と仲が良いかもしれないと思った。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る