フィルムチェンジ

第0話 運命

 何度もしゅうちゃんのことを思い出した。

 

 柊ちゃんと出会った日のことも。



 お母さんに似て、要領の悪いところのあるわたしは、同じ科の調子の良い女子に大学祭実行委員を押し付けられた。

 要領が悪いということは、そういう委員会活動を押し付けられるだけに終わらず、さらに、やたら忙しくて体力が削られる割に、その苦労を共感してくれる人がほとんどいないという仕事を割り当てられる事態に陥りやすい。

 やれやれと思いつつ、大学祭実行委員会の会合の行われる教室に向かい、レジュメを受け取ってから、そんなに目立たそうにない席に腰掛けた。パラパラとそれを見て、今日は係の割り当てをするんだな、と理解した。


 すると、隣のパイプ椅子がいきなりギシっていう音を立てた。誰かがわたしの隣に座ったのだと悟って、わたしは顔を上げた。


 目の下の黒子が印象的な女性だった。髪はアンシンメトリーのショートカットで、金髪に近い明るい色に染めていた。

 チャラそうな美人。


「1年生?」

 わたしが何かを言う前に、チャラ美女からそう質問された。

「……はい」

 警戒しながら、わたしは返事をした。

「やだな、そんなに怖がんないでよ。取って食ったりしないからさ」

 そう言いながら、全然、さりげなくなくチャラ美女はいきなりわたしの肩に腕を掛けて自分に引き寄せた。



「……君、動揺しないんだ?」

「はあ」

 初対面の上級生らしい女性に抱き寄せられた。動揺する間もなかったと言えるけれど、殴られるとかの痛い目にあわせられたわけじゃないし、変な匂いがするとかでもないし。

「近すぎ、です。というか、いきなりくっつくのはどうかと思います」

 不満を表明してみた。

「くっつかれるのは嫌?」

「嫌、というほどではないですけど、離れてくれた方がありがたいです。どなたか分かりませんが」

 自分の身体が半ば拘束されて、活動範囲が狭められているのは、煩わしい。でも、昔から、先輩や同級生にいきなり抱きつかれることは、ままあったので慣れてもいるのだ。

「ふーん。嫌じゃないんだ。じゃあいいか」

「いいとは言ってません」

「私、3年の石井」

 肩を抱いたまま自己紹介された。

「岡部透子とうこです。大学祭実行委員会の方ですか?」

「そーだよ。君は見ない顔だから新入生だよね」


 なんて会話をしていると人がガヤガヤと入ってきた。

 変な目で見られそうだ。


「ああ、石井!また、女の子ナンパしてる!」

 男子学生がわたしと石井先輩を指さした。

「ナンパはこれからだよー」

 と石井先輩はわたしを離さないまま答えた。え?わたしナンパされるの?と流石に少しだけ動揺して、石井先輩から離れようと身じろぎしたが、がっちり肩をホールドされていた。

 そんなわたしと石井先輩が気になる人たち、主に1年生はこっちをチラチラ見ながら少し遠い席に座り、気にしない人たち、主に2、3年生は近くに座り始めた。

 そして時計が集合時間に到達したのか、石井先輩のポケットのスマホが鳴った。

「あ、時間だね」

 石井先輩はスマホのアラーム音を片手で消すけれど、わたしを離してはくれない。


「今年度の大学祭実行委員長の石井柊子です。よろしくお願いします。盛大にやって忘れられない大学祭にしましょう」

 大人びた声が委員会室に響いた。口調もいかにもだ。

「それは建前で、本音はエントリーシートのガクチカのいいネタになるように、でも構いません。実際、私もそうだし。下心や欲望がどんなんでも、学祭が盛りあげればWin–Winだからね」

三年生らしき人たちが軽く笑う。

 石井先輩は、わたしの肩を抱いてぬいぐるみか何かのように抱き寄せたまま、話を続ける。

「それはさておき、今日は、3年生の各係リーダーからおのおのの仕事について説明してもらい、それから1年生を係に割り振る予定です」

 そこまで言って、さらに先輩はわたしを抱き寄せて体を密着させた。


「あ、この岡部透子ちゃんだけは、私の下、総務でもらいます。異議は聞きませーん」


 石井先輩はみんなを見渡した。

 呆れ顔の2、3年生。なんとも言えない微妙な顔をしている1年生。


 何が起きている?

 わたしは混乱の最中にいた。



 起きたのは、わたしと柊ちゃんのうんめー的な出会いナンパだった。

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