第13話 転倒
それから、サークルではぽんすけさんの監督・脚本の映画の撮影が始まった。
ぽんすけさんは少女漫画が好きなのかって、思うくらいベタでありがちな恋愛映画だった。偶然出会った男女が近付いたり離れたりを繰り返して、最後は、別れるのか結ばれるのか、どちらとも取れる曖昧なエンディングを迎えるという粗筋だ。
脚本を元にして、どんな画面にしたいのか、ぽんすけさんがざっと絵に描いて説明すると、先輩たちがそれにあれやこれや口出しして、どんなふうに撮るのかが決められていく。撮影する順番も脚本通りじゃないので、今、脚本のどこが撮影されてるのかわたしには分からない。
しかも、ぽんすけさんは、「意識高い」のか、情景を撮ることに力を入れているらしくて、俳優の出番が後回しになっていて、これまでのところ、麻友さんが撮影に参加することは、ほとんどなかった。ぽんすけさんは美帆を連れて、あちこちで風景のようなものを撮らせている。
美帆は、大学の中で、ゲリラ的に人混みとか学食を撮影させられたり、駅前の雑踏を撮影させられれたりした。わたしだったらうんざりするようなことでも、美帆は、楽しんで撮っている。
露光が足りないとぽんすけさんが言い出して、同じような場面をもう一度撮りに行ったこともあったし、ピントが合ってなくて、撮り直しになることは二度、三度になることもあった。
美帆は撮影ができればそれで構わないらしかった。撮り直しすることすら嬉しそうだ。撮影するのがとにかく楽しいみたいで、ワクワクしてるのが伝わってくる。
や、でも。
同じ情熱で今は教育に取り組んでいる、ってことなんだろうか。30年も。
だとしたら、わたしの母親、すげえのかもしれない。
今日はキャンパスの外れの方にある大きな杉の木の下での撮影だ。
木の下で、主人公カップルが自分たちの気持ちに気付き始めるシーンだったと思う。
なので、麻友さんも撮影現場に来ていた。
美帆がチラッと麻友さんを見て会釈すると、麻友さんはにこりと笑って、軽く美帆に手を振って応えた。
美帆の中で何かが小さく動くのが、わたしにも分かる。
下原先輩と一緒にいるときとは違う何かが蠢くのだ。
でも、それは。
と思った瞬間、大きな木を下から舐めるように撮影していた美帆は、尻餅を付いて転んで、ゴンっとそのまま後頭部を打ちつけた。
「「美帆!!」」
駆け寄って来たのは、下原先輩と麻友さんの二人だった。
「いたぁ」
後頭部をさすりながら体を起こした美帆の背中を支えたのは麻友さんだった。下原先輩は美帆の体に触るのを躊躇したみたいだった。
どん
転んだ時よりも強い衝撃で美帆の胸が鳴って、そんな予想外の美帆の反応にわたしが驚いた。
美帆の視界が麻友さんの顔で一杯になっていた。間近で見た麻友さんの顔は真剣で、その表情に美帆が動揺しまくっているのが伝わる。
やめて、美帆、そのドキドキはわたしにも影響するから。
「大丈夫、気持ち悪くない?!」
「…ダイジョーブ」
美帆はそう言いながら、麻友さんから目を背けてカメラを見た。
「カメラ、大丈夫だよねぇ」
カメラを心配している振りで、美帆は麻友さんに向かってしまった気持ちを抑えてるっぽい。
「カメラより自分の心配しなよ」
麻友さんが息を吐きながら言う。
「…ごめん」
美帆は、謝りながら麻友の手を取って立ち上がり、デニムのお尻に付いた土や芝をぱんぱんと払う。麻友さんも一緒になって払ってくれている音がする。
「美帆、大丈夫か」
横から下原先輩の声がして、美帆が振り返る。麻友さんに彼氏の立ち位置を取られた形になって、下原先輩は所在なげに立っていた。
大丈夫、と言うように美帆は下原先輩に手を振った。
「ぽんちゃん、撮影再開しよお」
美帆の周りには映研の仲間集まってきて、撮影が中断されてしまっていた。
「木、撮れたと思うから、木の下のシーン撮っちゃお」
美帆は、そう言いながら、三脚にカメラをセットする。
「麻友さん、先輩、木の下に立ってもらえませんか、ピント合わせたいんで」
そうして撮影が再開された。
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