第12話 視線
「そんなに長い髪でトイレは大丈夫なんですか?」
映研の活動している教室がシンとする。
ひどい質問に、
「あははははっ」
ところが、当の麻友さんは大口を開けて大笑いした。
その笑い声に、教室に漂っていた緊張感が緩む。
麻友さんに釣られて、下原先輩とぽんすけもプッと吹き出していた。
逆に、そんなことを聞いてしまった美帆の方は自分で自分の言ったことの恥ずかしさに気付いて、羞恥心に苛まれていることが伝わってくる。そりゃそうだ。反省しなよ、お母さん。初対面の人にはしっかり挨拶しなさいって、わたしに教え込んだの、あなただよね。
麻友さんは、大きく口を開けると牙のような八重歯が目立った。ああ、笑うと可愛いんだ。
「っははは、おかしっ。君、名前教えて、1年生?」
「……岡部美帆。教育学部の2年」
「ああ、同学年なんだ、よろしく。トイレ入ったら簡単に髪は縛るよ」
麻友さんは、手首に巻いた髪ゴムを見せながら美帆に握手を求めた。美帆は、少しだけ躊躇ってから握手を返す。
「あの、えっと、わたしが、その、撮影するから」
美帆が、しっかりと麻友さんに目をあわせて、強い声音で言う。この頃の美帆は、びっくりするくらい撮影することにこだわってる。
「君が?撮影なんてできるの?」
麻友さんが軽く驚いて、目を見開いた。
「できるよっ。ほら、これカメラ。買ったばかりなんだよ」
少しムキになる美帆。わたしの知ってるお母さんは、のんびりしていて余り感情を出さない感じだから、違和感がある。若かったってこと?
「へえ、それカメラなんだ」
麻友さんが、美帆の膝の上にあるカメラに目を向けた。
「買ったばっかりってことは、初心者?」
麻友さんが唇を片側だけ上げて、美帆を揶揄うようにニヤッとする。カッコ良く笑う女だなあ。これでまだ20歳そこそこか。
「……浅野さんだって、女優、初心者でしょ」
お、美帆が反撃した。頑張れ、美女に負けるな。
「あたし、高校の時、演劇部だった」
「えっ……」
美帆から動揺が伝わってくる。
「…嘘だよ」
秘密を打ち明けたというように麻友さんがにっこりと笑う。
いきなり子供っぽくなる笑顔にハッとさせられた。
ドキッとしたのは、美帆なのか、わたしなのか?
柊ちゃんがいなければ、わたし、多分、恋に落ちた。
麻友さんのイタズラな笑顔に、美帆も揺れた。
下原先輩がいなかったら、美帆も恋に落ちていたのかもしれない。
そう思ったのか、チラッと美帆が見た下原先輩は麻友さんを見ていた。興味津々といった目で。
…おやおや、わたしの両親と麻友さんは三角関係にあったってこと?まさかね。
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