第58話 虫の反逆
「ままー、あれなにー?」
日常は子供の気づきから崩れ始めた。
ふと、空を見上げたら黒い雲があった。否、雲よりも密度が低く、目に見えるだけの重量がある。
それだけでなく雲よりも近く、そして速く、そして羽音がうるさかった。
「え、なにあれ?」
「ドローン、じゃないよな?」
「別にイベントがあるって告知もないよな?」
彼らは安心しきっていた。200年という歳月をかけてダンジョンを建物で封鎖し、探索者という勇者を定期的に送ることで地上にモンスターが現れないという幸福を享受していた。
本来、ダンジョンはとある上位存在がこの星を侵略するために設置した恐ろしい兵器の様な物である。
ダンジョンには大いなる意識のようなものが存在する。地上を侵攻せよという使命がある。
だが、イレギュラーな事態が発生したため全くうまくいかなかった。
地上に放ったモンスターは全滅し、深層から生成するモンスターも定期的に狩られて一匹を除いて常に世代を後退していた為、経験が全くなかった。
だから
どうやったら地上に強いモンスターを送れるか?150年も考えた。
まず最初に思い付いたのは現地の人間を使ってみようという事だった。
ダンジョンに潜る探索者に甘い誘惑を幻聴としてモンスターを地上に出して飼えという思考を入れようとした。
普通に失敗した。欲深い人間とはいえダンジョンから無限にモンスターが湧いて出てくるし、飼育する方がコストがかかるということで誰も興味を引くことが無かった。
だが人間を使うという着想を得たダンジョンは第二の策として強いモンスターの魂を人間に投入させる手段をとった。
この方法は時間がかかるが星に根付いたダンジョンを完全に排除することは不可能。だからこそ長期的な計画を立てたのだ。
方法は簡単、弱いモンスターに意思を乗せ、それを人間に倒させてモンスターの残滓を蓄積させる。
さらに世代を重ねるごとにモンスターを使った食事が一般的となり非戦闘員にもモンスターの残滓を全人類に蓄積させることに成功した。
その結果、強大なモンスターの意思を宿しつつ『人間のモンスター化』という現象を起こすこと
成功したのだが、単純に数が少ない上に地上の管理者がダンジョンを上回るほどの感知力で消されていったり確保されて収容されたりとイマイチ成果を上げていない。
というか自分勝手に生きている気がする。質をよくし過ぎて自我が肥大化したせいか使命を忘れている気がする。
だから逆に考えた。質が良くても量が少なければ、質を落として量を増やそう。
食物連鎖を利用した侵略手段、それは人間が廃棄したモンスターの素材を微生物や虫に捕食させて意思を奪わせることだった。
人間はともかく虫畜生は簡単に乗っ取りやすかった。
頑張って繁殖させつつ数を増やし、ようやく個体数が億を超えたところで侵攻を開始した。
そう、蝗害である。
「な、あれ全部虫かよ!?」
「きもっ!あ、え、齧ってる!?」
「いだだだ、ま、やばい!血が!血が出た!」
「うわああああ!逃げろおおお!」
虫、主にバッタで構成された災害は草木だけでなく何でも食いちぎる。
皮の鞄、布の服、そして人間の肉。
皮膚を齧り、肉を抉り、血を啜る。
未曾有の大災害が人類を襲いかかった。
『皆さん!建物の中に避難してください!これは訓練ではありません!なるべく頑丈で密閉された建物に逃げてください!』
事態を遅れて把握した政府は即座にアナウンスを流す。
ただの虫と侮るなかれ、叩けば潰れる強度でも肉食のモンスターとなっている大群をたかが人間の肉体一つで抗えるのだろうか?
既に喉を食いちぎられ、内臓を食い荒らされ、骨まで晒した死体を短時間で量産している災害を簡単に止められないだろう。
まだ初回ではあるが現時点では大成功。イレギュラーなことが起きて沈静化しても解析には時間がかかると見込んで第二、第三と投入していけばいい。
人類よ、すでに手遅れなのだ。
「とか思ってるんでしょうね」
探索者協会最上層階、ガラス越しに虫が飛び交うのを眺めている女がいた。
黒く美しい長髪、整った顔、そして何よりも胸は豊満。
そして薄くあけられている眼には十字の光が刻まれていた。
「なるほど、こういう方法で攻めてくる知能はあったという訳ね。一部の絶対に勝てない者以外を全滅させたら成功、といったところかしら?」
外を一望できる最上階で下の惨状を冷えた目で眺めている。仮にも人類の最前線を担う探索者を取りまとめる会長の姿なのかと疑問が湧いてくるだろう。
だが、この様子を見られるのは彼女の執事のみ。
「このまま放置しておくのですか?」
「今のところ何のメリットもないのよねぇ。数は厄介だけど、古来からの対策で何とかなるわよ」
「その対策というのは?」
「殺虫剤をばら撒けばいいの」
「人間も深刻な汚染がはいりそうですな」
「その程度で死んだら生きている意味はあるかしら?」
「大気汚染でご子息も後で怒りますよ」
「あの子と何か関係が?」
この諫め方は不味かったか、会長の纏う雰囲気が途端に暗くなる。
距離を取っているというのにのみ込まれたら生きて帰れないようなどす黒いオーラを纏い、静かに執事を見つめてくる。
「ええ、この蝗害は世界各地で起きているようで。ご子息が治めている場所にも大量の殺虫剤、人体に影響を及ぼすようなものを関係なく大量に散布すれば彼が囲う人間もただでは済まないと愚考します」
「ふぅん…………確かに私主導で行うと後で嫌われちゃいそう。誰か別の使えそうなのを動かしたら大丈夫かしら?」
「何事もほどほどにです。常にやり過ぎだからこそ愛想を尽かされて出て行かれたのでしょう?」
「出て行かれてない!」
ごう、と会長を中心に暴風が吹き荒れ周囲の物が吹き飛ばされる。
それに執事も例外ではなく、突然発生した風圧に飛ばされてゴロゴロと転がり壁際まで転ばされた。
何十年も仕えているが癇癪を起した際の荒振りは凄まじい。念のために防護はしていても芯に響く
「私は嫌われてないし愛想尽かされたわけでもないしまたいつか戻ってくるのは分かってるから何もしないだけでずっと待ってられるし向こうに呼んでくれるはずだから孫もこさえて待ってるしでも呼んでくれないしずっと待ってる状況だけど絶対に呼んでくれるし頼まれてるからこの仕事やってるわけだしそろそろご褒美とかくれてもいいんじゃないかと思うし」
ぶつぶつと壊滅的なことを言っているが、ああなってしまったら全て話半分に聞いておかなければならない。
分かっていても相手は理性が辛うじて残っているような『神のようなもの』なのだ。
例え不興を買おうと暴走させないようにするのが執事の仕事。本当に嫌な役についたと心の中で悪態をつくが、世界を守るためなら仕方ない。
「ごほっ、ごほっ、私だ。さっきの物音は気にするな。それよりもあのバッタだかイナゴだか分からん集団をどうにかするよう動いてくれ。殺虫剤や焼却用の火炎放射器、もしかしたら冷却も聞くかもしれないから液体窒素も持ち出してこい」
咳込みしながら端末で部下に指示を出し、出し惜しみなく災害に立ち向かわせていく。
探索者協会は常にモンスターによる災害を意識していた。
ダンジョンが誕生して200年も経ったのだ、備えはいくらでも蓄えてきた。
簡単に新たな災害で多くを失わせるものか。
「化け物どもめ、どんな策を弄しようが俺たちを滅ぼすことは簡単にさせんぞ」
未だにガラスの外で飛び交う蝗害に対して執事はそう吐き捨てた。
愛する者に自業自得で見放されたことを思い出し発狂しつづける会長は見なかったことにして。
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