第57話 やっぱり運じゃん


「どうしてこうなっちゃったんだろうね」


「それって深層に飛ばされた時の台詞だよね」


「絶望感マシマシの時のやつだよね」


「何で覚えてるのかなぁ?」


 坂神あかね一行はG型モンスターに追われてダンジョン中層へと侵入していた。


 あからさまに異常発生した虫型モンスターは逃げる途中である程度討伐しても全く尽きなかったことから逃げざるを得なかったのだ。


 運がいいのか悪いのか、他の探索者とも出会わなかった。そもそも浅い層であのような大群に出会ったことが問題だ。



:怪我してない?

:イケメンくん髪の毛一部齧られてて草

:おかしいな、あまり危険はないって?

:なんか虫多くない?



「うんうん、普通に怖かった」


「流石に髪を噛まれるのはないわ。ちょっと肉食系過ぎないここの虫?」


「どこのダンジョンもこんなものですよ。群がられて骨になった遺体をよく見ましたよ」


「怖いって!というかどこ出身なの、それがよくあるって…………」


「田舎です」



:田舎怖い

:未だに未整備の所ってある?

:報告しないだけで隠してるところは、まあ……

:とっとと管理すればいいのに

:田舎ってまだ酷いの?



 ダンジョン出現からしばらくの間の暗黒期、国もダンジョンから溢れるモンスター相手にてんやわんやで田舎の小さなダンジョンは放置せざるを得なかった時代があった。


 都市部だけでなくこういった小さな地区でも犠牲は少なくなかった。だからこそ彼らは団結して戦い絆を結び、気づけば国から離れたコミュニティと化していった。


 それだけならまだよかった。ファンタジーなものが現実となり遅しかかり、辛うじて生き延びた人々はそれらを一種の宗教とし、因習を作ることになった。


 ダンジョンが現れてから200年が過ぎても完全に消えることは無かった。


 淡々と話している恵右がそういった地域出身で過去語りする際に淡々と引くような貧乏さを強要されていたことをある程度エゴサした人々は知っている。


 異常なまでの暴食とゲテモノ食いもそこからきているんだろうとロロンとララン、リュウセイの視聴者に植え付けることは出来た。


「それはそうとして、何匹かとってるんですけど食べますか?」


「いらないって!拾い食い反対!」


「誰もかれもが鋼鉄の胃を持ってるわけじゃない!」


 ロロン&ラランが必死に抗議しているが当然である、普通は虫を生食しないし50㎝もあるGを食べる勇気もない。


 視聴者から同情されながらも彼らは考えなければならないことがある。


「別に中層なのはいいけど、帰りに待ち伏せされてたら嫌だよね」


「中層も普通に危ないんだけど?」


「大丈夫、俺が守ってあげるよ」


「リュウセイに期待する奴いる?」


「大量に居たら帰り道が面倒ですね」


「面倒じゃなくて割と食いちぎられない?」


 自分の身をあまり気にしていない中堅探索者とナチュラルボーン強者の差を感じて引くロロンとララン、それに気づいていないリュウセイだが割と深刻な問題である。


「あーあ、もしかしたら怒られるかも。変なの大量に引き連れて逃げるなって」


「配信の証拠はあるからノーカンでしょ?」


「これに責任追及されたらどうしようもなくない?」


 命もそうだが上から怒られるのも怖い。そんな無意味な思いとは裏腹にコメントは加速していく。


「あーあ、メイの事で乗っかったけど割に合わないって感じー」


「そうですか?私は楽しいですよ?」


「強い人には分かんないよ」


 ぶすっ、と多少楽をできると思っていた2人は不貞腐れたような悪態をつく。


 ぬるくやるなら良かったのだが、本気で命をかけてやるつもりはないのだ。


 本職をやってる人に対して凄いとは思うが本気でやれるほどの情熱を彼女たちは持っていない。


 あかねと恵右の強さも凄いとは思うが半分人を辞めていると思っている節もある。


 実際、中層を日常的に潜る探索者は人並外れた力を持っている。


 その由来はモンスターに多く関わっているのが原因だろうと言われているが、既に100年以上かけて解析しているが詳しいことはわからない。


 人外じみた力を持つのは日ノ本国内でも存在する。アガリカの現地で活躍するランカーもその部類になる。


 今の所、あかねはそこに足を突っ込みそうになっており、恵右はすでにその領域に存在している。


 恵右について、把握できているのは僅かにしか居ない。


「どうする?そろそろ切り上げて戻る?」


「あれを突破する準備が欲しいけど、何か中層で使えそうなものはない?」


「運任せだよ。まあ、相手は虫だし凍らせるような何かがあればいいけど、みんなどこまでなら中層を潜れる?」


「私はどこでもいけますよ」


「無理、怖い」


「流石に命掛けられない」


「俺は、そう、もう少し準備してからじゃないと無理かな」


 1人以外が意気消沈している姿を見てあかねは肩を落とした。


 恵右はもう気にしていないが戦力どころか足手纏いでしか無いだろう。


「仕方ない、中層の入り口の近くだけ覗いてなにもなかったら強行突破しよう」


「えー?そんな都合いいことあるー?」


「やらなきゃ大怪我だよ。生きて帰るには運も必要だよ」


 小走りで階段を降り始めるあかねの背中に声をかけるロロンだが、簡単にそんなものが手に入ると思っていない。


 運も実力のうちというが、簡単に運任せにしたら終わりというもの。


 楽しながら小さな努力を積み重ねて積もった実績に胡坐をかきたい、そういう動機でこのようなアイドルもどきをやってるのだ。


 自分だけでも無傷で帰れるよう算段を付けているその時だった。


「みんなー!こっちきてー!」


 下の階層、恐らく中層の入口からあかねが大声で呼んできたのだ。


 恵右のみがその声に応じて階段を下りて行ったが、彼女達との交流が短い三人は顔を合わせるのみだった。


 何か見つけたのか、それともモンスターに襲われたのか。疑問は多々あるが行動しなければ何も解決しない。


 それに今いる場所は浅い層と中層を繋ぐ階段であるため恐らく安全の筈なのだ。


 意を決して三人は階段を下りていく。それと同時期にかん、かんと金属を叩くような音も聞こえた。


 本当に戦っているのか?だが争うほどの物音は聞こえない。


 そして3人は目にする。


「うっひょ~!大量大量!これ全部持ち帰ったら相当お金になるし、あいつらを追い払える!」


 持ち込んだ杭をハンマーで打ち込んで鉱石を採掘するあかねの姿を。


「…………マジ?そんな都合のいいことある?」


「先輩は妙なところで運がいいんですよね。この前のガチャ配信も目当て以外は全抜きしてましたからね」


「そこ!嫌な子こと思いださない!」


 入口の目の前に発生していたのは『氷結砕石』という地上ではあまり流通せず、浅い層では滅多に発見されない鉱石だった。


 名前の通り氷のように冷たく、繊細な扱いが必要だが物を冷やすために使われることがほとんどではあるが、冷気に弱いモンスター相手に乱雑に使うと爆発の代わりに冷気が散布されて周囲を凍らせる爆弾に早変わりする代物だ。


 それが目の前に大量に湧いている。少なくとも道中のG型モンスターをどうにかできてお釣りが出来るほどにはあった。


 問題は持ち運びをどうするかだが、幸運なことに・・・・・・恵右という力持ちが存在するではないか。


 あかねが砕いた鉱石を恵右が拾い、それらを他3人に配って投げることで最大限の効果を発揮させる。


「これで何とかなりそうだね!」


「あ、うん」


「やっぱり単純に運がいいんじゃ…………」


 自分達とはやはり違うと異常な感覚を感じつつロロンとラランは引いていた。


 それでも道を突破するためにはこの手段が有効ということは理解していた。『氷結砕石』を1つ2つと受け取ってとあることに気づいた。


 先程からリュウセイが全く喋っていないのだ。それどころかやや長い髪を垂らしながら端末をじっと見つめて、髪に隠れた顔は化粧ではなく血色が少し悪い。


「どうしました?色が少し悪いですよ」


「…………色々あったからコメント読んでなかったのかい?今、地上に戻るのはちょっと不味いかも」


「何でですか?」


 恵右が疑問を呈するとリュウセイは端末の画面を見せた。


 『蝗害発生、各地の被害は甚大』


 地上は今、新たなる危機に直面していた。

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