第54話 お土産は期待するものではない


 煌木メイの生存報告、それは彼女に関わる人間にとって大いに盛り上がる話題となった。


 準備無しで生きては帰ってこれない地獄の底からの連絡は諦めていた者達への朗報だった。


 ただし、全員にとって良い知らせという訳ではない。


 何せ彼女は右腕と左足を失っている。人として、女として致命的な大怪我であることは間違いない。


 手足の欠損はこの時代でも直すことはほとんど・・・・ない。


 ダンジョンが発生してから初期のくらいにモンスターの肉を食べたら治ったという文献があるくらいで、どのモンスターの肉を食べたのか、どれくらいの時期がかかったのか、他にどのような治療をしたのかなどは全くない。


 つまり与太話である。


 ただし、今のメイを取り巻く環境が別の意味で希望があった。


「どう思います?件の男だけでなく純光教まで巻き込んでいたとは」


「いやぁ、事は大きくなるとは思ってたけど大事になるとは」


「捨てたものではありませんね、探索者も」


「捨てる物じゃないよ、大事にしないといけない人材だ」


 煌木メイが所属する事務所、数多ある会社の一つだ。名前は特に気にすることもない。


 ダンジョン深層にトラップのせいで潜ってしまったと聞いたとき、社長はあっさりと彼女を切り捨てた。


 残念なことに、人気配信者とは言えど探索者の扱いはそんなものである。


 口では大切に思っているふりをしても簡単に使い捨てられる人材と考えているのがこの事務所であった。


 ただし、金の成る木は大切に扱うものとする。


「これからどうしますか?凱旋するためにも告知を出しますか?」


「いやいや、向こうから出向いてくれなければ計画を立てられたものじゃない。何せ相手は純光教の教祖だよ?話題の相手じゃないか!」


 わはは、と事務所の社長と探索者のマネージャーを纏めている人間が笑った。


 金の成る木から金の実を持ってこられたら、喜ぶのはそれを売る人間である。


 以前、ライバル事務所に所属している坂神あかねが持ち帰った赤鬼の角は今でも効力を残しており、好事家が高値を示している。


 しかし手放していないあたり、経営者としてはもったいないとここの事務所の社長らは考えている。


 ダンジョン内から採れた道具を使ったアイテムは確かに高値で売れることが多い。


 だが、それらが何故高値で売れているかは現代において戦わない者からしたら気づけることはあまりない。


 何故ならダンジョンの素材を加工したものの殆どは自らを強化したり、モンスターとの戦いにおいて優位になる力を有していたり。


 そして人を簡単に欺くものもあったり、容易く殺すこともできるのだから。


 そのような単純なことにも気づかない、気づいていても触れることを無意識に避けている欲深い者には分からない。


「今回は何を持ち帰って来るんでしょうなぁ?」


「いやはや待ち遠しい、売るのではなく展示してから売るのはどうでしょう?」


「それはいいねぇ。見物客から金を得ることも大事大事」


 配信者もエンターテイナーではあるが、こうも露骨に見世物扱いされようとしているのを煌木メイが聞いたのならどんな顔をするのだろうか。


 ただの女の子なら多少やりようはあっただろう。


 深層から帰還した彼女が大きく変わっていることを知る由もない。


 とまあ、経営陣はこんな感じである。


 では同僚の方はどうなのか?


「なんで生きてるんだろ、怖…………」


「死ぬよりはマシか?ここ最近の士気は下がりっぱなしだし、でも手も足も片方無くなったのはちょっとなぁ」


「抱くのに必死になってんでしょ。気持ち悪い」


「そんなことないよ、美しいものが欠けたらもったいないだろう?」


 こうして休憩室で雑談するのは3人の探索者であり、そして配信者である。


 名前は重要ではないが、控え目なビジュアル系の男とギャル二人である。


 メイもギャル系ではあるが明るめな色遣いを意識したタイプであり、メイクもこの2人のように派手ではない。


 逆に言えばかなり派手なメイクで売りに出されている2人。あまり深く潜らず浅い層で楽しんでいるタイプである。


 なお、ビジュアル系の男はこの2人よりも深く潜らないし、そして弱い。


 全員顔はいいため釣れることは多々あれど、裏で男女間のトラブルが起こっていたりする。


 配信者とはそういうもの。悪くいってしまえば人から巻き上げる金を事務所に収めつつ好き勝手する者達の集まりなのだ。


「しっかしあれだよね、仲間が死んだから自粛って言う名の休みを貰ってたけど終わりになっちゃうのかぁ」


「もうちょっと楽したかったのになー」


「何を言ってるんだい。ダンジョンで活躍しなきゃ人気は出ない。もっとメディアにでる機会を増やさなきゃ」


「でも、アンタはずっと女遊びしてたじゃん」


「借金大丈夫なの?そろそろ社長もヤバいって言ってたよね」


「大丈夫、アテはあるから」


「押し付けるの間違いでしょ」


 この男、かなりのクズである。


「どうせメイが何か持ち帰って来るでしょ?それをくすねて売らない?」


「無理でしょ。価値があるヤツを盗ったらすぐばれるって」


「じゃあさ、あいつに金が入ったらちょくちょくせびるってのは?」


「それが無難じゃない?戻ったらたかろっか」


 このギャル2人も結局は金の話である。


 ちやほやされて楽して生きていきたい。そして隣にいるクズのような男ではなくしっかりとした年収とたくさんお小遣いをくれる男がいいのだ。


 と、己の欲望のためにメイを誑かそうと考えている中、彼らは自分たちがただ休憩中であることは忘れていなかった。


 なぜなら、この件で仕事が入っているのだ。


「よーし、きみたち仕事の打ち合わせだ!」


 休憩室に勢いよく入ってくるマネージャーに嫌な顔をしつつ、3人はしぶしぶと会議室へ向かう。


 忘れてはいなくてもずっと休みたい気持ちは変わらないのだ。


 そうして集まった3人とマネージャー、そして何故か居る社長。


「これは一つのプロジェクトと言っていいだろう。此度はライバルのところとコラボすることになった!」


 司会は何故か社長が務める。


「非情に、非常に!不服ではあるが!今回とある共通点を持ったことによって視聴率を確実に確保できる!収入もがっぽがっぽ間違いなし!ボーナスも、まあ少し増やせる」


「もっと増やしてよー」


「次の新発売のコスメがあるんだからー」


「デート代も必要なんだよ、社長」


「善処する!」


 あまり信用がない社長の言葉を一切信用していない部下たちだが、これが大きな仕事となるのは予感していた。


 煌木メイが(勝手に)繋いだ(と思っている)ビジネスチャンス、波に乗るしかない。


「コラボ相手は、この前のメイが生きてたことを発表した時にトレンドになった坂神あかねとその子分である雁木恵右だ。粗相がないように!」


「ナンパはOK?」


「配信外でやってくれ!」


 無駄な会話を挟みつつ、金儲けという思惑で会社は動く。


 その結果、どのような事態を招こうと社会が止まることは無い。


「恵右ちゃーん!こんど変なところからの案件きたよー」


「美味しいやつ食べられるのですか?」


「いや、普通に他の同業者と協力してダンジョンに潜るやつ」


「ふーん」


「興味なくしておかし漁るのに戻らないで?」


 どこまでも平常運転で、4人でダンジョンに消えたとしても変わらない。

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