第53話 大事な報告は早めに


「はい、口を開けなさい」


「じ、自分で食べられます」


「利き手でない左手では不便でしょう。微力ながら手伝いをと」


「何で私の利き手を知ってるんですか?」


「エゴサしました」


「宗教家が思ったよりも現代的な発言!?」


「宗教差別はやめておけ、後が怖いぞ」


「差別じゃないよ!?」


「はぐはぐ、がう!」


「こら、これはお前のものじゃないぞ」


 介護にいそしむ『教祖』に左手で何とかしようとする煌木メイ、それを横から飯を奪うキメラと咎める料理人ケン。


 大量に並べられた料理を味わう2人と1匹を眺めつつ、ケンはどんどんと華中料理らしいものをガンガン並べていく。


 ほとんどがキメラの胃の中に消えていく料理たちだが、減りつつあっても一瞬で全て消えるわけではない。


 次から次へと調理して提供するケンがおかしいだけである。


「いい食いっぷりだが、そろそろ材料がなくなりそうだ」


「久しぶりの華中は悪くない。また一段と腕を上げたんじゃないのですか?」


「むしろ地上の味付けが分からんからな。どんなのが流行っているのか調べたりはしたが」


「こういうのでいいですよ。ねえ?」


「えっ?あ、うん」


「がう!おかわり!」


「自重してくれ、もうこれ以上お前に出すのはないぞ」


「ぐるるるるる…………」


 いつもの低い唸り声だが、隣にいたメイは初めて聞いた地獄のような声にビビり散らかした。


 見た目は人間ではあるものの、中身は脳が3つ詰まっていてそう体重8tのモンスターなのだ。


 手を振るえば簡単に肉体は弾け飛ぶ。ただ振り向いて乳が当たるだけで骨が粉砕されるという危機があることにはまだ気づいていない。



「そういえば生存報告は入れないのか?もうそこそこの時間は経っているはずだが」


「生存……報告……?」


 しかたなく食事介助されながらも満腹になりかけたあたりでケンから声を掛けられた。


「配信者なんだろ?深層に転移トラップで飛んできた時は配信してたのを俺が切ったんだし」


「……………………配信!わ、忘れてた!」


 命の危機、片手片足を失ったショック、そして義手の接着と言う苦痛を味わっていた彼女の頭からすっかり抜け落ちていたことだった。


 実際、ただの人間が1日程度しか経っていないとはいえ人生で経験することがない事象を味わったのだから無理もない。


 端末を探そうと慌てて椅子から立ち上がろうとしたが、左足がないためうまく立てず机から落ちそうになる。


 滑り落ちる前に『教祖』が支えたので事なきを得たため冷静になる事ができ、部屋をきょろきょろと見渡していた。


「いつでも使えるように充電はしてある。電源は切ってるが」


「つけといてよ!?」


「通知がうるさくてな」


 そのくらい操作できるだろうというツッコミはさておき、ケンが戸棚に仕舞ってあった携帯充電器らしいものに繋がったメイの端末を取り出す。


 慣れた手つきで電源をつけ、そのまま彼女に端末を渡した。


 よく見たら細かいところで割れていたが完全に壊れていないことに安堵したが、メッセージアプリや電話に数百件も来ていたことに顔が引きつる。


「がう、なにあれ」


「文明の利器ですね。地上の楽しみの一つと考えておいてください」


 人にしては素早い手つきで端末を操作するメイ。片手しかないのにそういう操作はとても素早い。


 身についたものは簡単に消えないことの証明である。


「ど、どうしよう。誰から連絡つけたらいいのこれ?」


「親からでしょう。普通の親なら心配…………いえ、もう葬式の準備を始めてるかもしれませんね」


「ひ、酷いと……言い切れないのが業界の悪い所だよね、うん」


 探索者とは簡単に命を散らすし、遺体も残らないので葬式もすぐに始まったりする。


 メイも同期がそんな感じで消えた事もあるので他人事ではない。


 坂神あかねほどの強運はなくても悪運だけはあったのが煌木メイという人間だ。


「電話、OKですがここ?」


「やるとしてもテレビ電話だろ。最近こいつのせいでドッペルゲンガーがいる噂みたいなのがたってるみたいだしな」


「がう?」


 美女がダンジョン深層を薄着かつ武装無しで歩くなどあり得ない。


 たった一度、されど一度だけ隠密系探索者と邂逅した事により広がった噂があった。


 例の男ことケン以外に誰かいる。


 ケンに関しては深層の外周に作られた安全地帯で人間らしい生活をしている為、最初からモンスターという線は低く見積もられているがこの件に関してこう考察されている。


 坂上あかねの配信で映された映像には男1人が住むような質素だがそこそこおしゃれな部屋だった。あの男が別の人間を住まわせてる雰囲気はなく、ダンジョンで発生した新たなモンスターが人間に擬態してる、と。


 間違いではない。ただキメラが最近入り浸り始めたので最初の答えからズレてるのも否めない。


 そしてダサいTシャツことあさりポセイドンTシャツを愛用しているセンスを考えて考察されている。


 キメラの巨乳でパツパツになったあさりポセイドンという訳の分からない状況が誕生したことに考察勢は困惑した。


 閑話休題。なんなんだあさりポセイドン。


「テレビ電話ですか。ここに私がいることもバレるでしょうし、別に良いのでは?」


「変な勘繰りはされるだろうな」


「子供達、じゃなくて信者が暴走しないと良いのですが」


 別に否定的ではないらしい2人と意味がわかってないキメラ。


 かつて創造主からのテレパシーはあったので通信的な概念は知っていたが電話という単語はわかっていなかった。


「どうせ地上に出たら話題になるんだ、今更だろう?」


「ま、まあ帰る時にはめっちゃ良い義手と義足をつけて帰るんだから今更か!」


「結構図太いなお前」


 タレントたるもの図太くなければやっていけない。何故なら誹謗中傷はメディアに関わる以上は避けられないのだから。


「えっと、肖像権とか大丈夫?」


「今更だろ。まあ、確かに変なのが映ると困るからあっちのベッドの上でやってくれ。セットは適当に作るから」


 ケンがそういって何の脈絡もなく手をリズミカルに叩いた。


 一体なにをしているのかと1人と1匹は考えたら視界の端に映りこむ鉛色の液体。


 にょろにょろと生物であるかのように、モンスターで言うならスライムのように這ってくる鉛色の液体を見て思わず声が出てしまったメイ。


 キメラは何だあれと僅かな興味だけ持っていた。その手はまだ料理が残っている皿に伸びていたが。


 鉛色の液体が何をするかと思いきや、ベッドまで近づくと重力に逆らって棒状に伸び、小物を一つ置けるような代まで完備された。


「ほれ、端末立てる台だ。そのままだと普通に座ってられるのも難しいだろ」


「なにあれ!?液体金属!?」


「200周年式典見てただろ?俺の鎧の素材の一部…………おい待てクソキメラ」


「ぎゃんっ!」


 ケンが使用していたナノマシン仕様の鎧と聞いてキメラが即座に捕食しようとしたが、即座にハンマーが飛んできて頭部をかち割られた。


 突然の攻撃にメイは追いつけていなかった。


「ちょっとこれ片付けてくるから後はよろしく」


 そして倒れたキメラを足から引きずり、血の線を描きながらケンは部屋からダンジョンへ出て行った。


 何もかも追いつけていない、思いがけない事態に変な顔を晒して硬直していたメイだったが、『教祖』が助け舟を出す。


「あれは気にしないでおきましょう。それよりも安否確認を今のうちに」


「え、あ、で、でも、あれ」


「気にしたらいけません」


 震える声で明らかな異常事態を指摘しようとするが『教祖』は強い押しで話題を切り上げる。


 そして、いわゆるお姫様抱っこでメイを抱えてベッドへ運んだ。


 斃れないようクッションで背中を支え、慣れた手つきで開放していく。


「少々不便ですが、義手義足に慣れるまで我慢です。さ、どの電話からかけましょうか?」


「もしかして結構たらしこむ手を持ってます?」


「それはどういう意図の質問で?」


「なんか、慣れてるような…………?」


「色々あるんですよ」


 メイの端末を持ったまま『教祖』はよどみなく答えた。


 やはり聞いたらいけないことが多いと感じたメイも大人しくすることにした。


 そして―――


「あ、お母さん?ごめん、今はこんなになっちゃったけど、何とか生きてるよ」



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