第44話 如何にして綺麗になるか
「で、今後の予定も深層籠りか?」
「まあな。それが俺の仕事だろ?」
「それはそうだが、一度くらい地上に出てもいいんじゃないか?坂神あかねだったか、彼女を使ったらどこでも行けるだろう」
「そうなったらあいつが暴れるぞ」
「がう!たべる!」
「うーーーーん、この」
2人の工房での作業が終わったのか、綺麗な白装束で出て来た『教祖』と服が焼けて煤けた状態の男ことケンが戻ってくる。
2人が作業してる間に冷蔵庫を漁ろうとしたがロック機能を付けられて開けることができなくなったキメラが2人の会話に介入して『教祖』が呆れた顔になる。
『なあ、あの子は十中八九「強欲」だと思うんだよね』
『理由は?』
『喰らうことで力を得るのは「暴食」かと思ったけど、食事以外で色々と吸収してる時点でその線が薄くなってる』
『「嫉妬」があるだろ。大穴で「色欲」』
『「嫉妬」の転生体はこの前に潰した』
キメラからすれば手話という行動は何をしているのか分からない謎の行動である。
即座に他人に悟られにくいコミュニケーションを取るあたり、2人の付き合いはダンジョンが誕生して地上に浸透した年月よりもはるかに長い。
『「嫉妬」のモンスターが地上に居たのか?』
『暴れ回ってたのを「教祖」として鎮圧した。まあ、敵対した他人よりも少しだけ強くなる程度の能力を持っていたから被害が少なかった訳だが』
『それって俺に適用したら相当な怪物になるんじゃないか?』
『俺が相手したら血と魔力を穴という穴から流して勝手に苦しみだしたからキャパはあった。君が相手だと多分筋肉が膨張しすぎて内臓潰されて死んでる』
「馬鹿じゃん」
「ぐるるる…………」
「馬鹿にしたのは君の事じゃないからね?」
「お前よくキレるな」
自分を馬鹿にされたわけではないが発言が人を馬鹿にしたようなものを聞いたのでとりあえず唸る。
ケンが何かを馬鹿にするときはたいていモンスターのことだ。何でキレてもなにもおかしくはない、今にも襲い掛かりそうだ。
「まあ、実験も終わったことだし風呂入ろうぜ。土ぼこりで汚れたから洗いたい」
「そうか」
「場所は?」
「無い」
「は?」
「そんなもの作ってない」
「お前…………まさかずっと汚いままだったのか?」
そそそとケンから離れる『教祖』。地上に住んでいるためか清潔には気を付けているようで、ダンジョン暮らしの男はそういった概念がなくなったのかと危惧した。
キメラの方は水浴びはするが主に体臭を消して他モンスターや人間を狩ったりケンに喧嘩を売るためにする作業のような物。大した意味を持っていない。
「洗浄はしてる。アレでな」
そういってケンが指を差したのは一昔前の電話ボックスのような箱。
外から見えるように正面はガラス張りであり、側面と上部に何かを吹きだすようなものが付いている。
明らかに普通の物ではない。サウナにしても立ちっぱなしでなければならないほど狭いためそこまでリラックスできるような代物でもない。
「一応、聞いておこうか。ナニアレ」
「洗浄機だ。人間を丸洗いにできる優れもの。実践してみようか」
ケンは服を着たまま箱の中へ近づき、その際に手持ちは全て近くの机の上に置く。
箱の中へ入るとピーッと音が鳴り白い蒸気が噴出される。どう見ても高温なものを浴び続けるがケンは全く動じていない。
もちろん、箱の中の状態は汚れを落とすと同時にほぼ全ての生命が持つ命も簡単に落とすことを『教祖』は見抜いてジト目になっている。
蒸気によりずぶ濡れとなった体は次の瞬間にケン以外の水分が全て蒸発した。
現在、箱の中身は真空状態となっている。無論、殆どの生物は即死する環境でありながらガラス越しに服を叩いて何か白いものを叩き落としている。
そしてプシューッという音と共に中に空気が補填されてようやく出られるようになる…………らしい。
キメラは機械についてはちんぷんかんなので何をしているかは分かっていない。
「こんな風にな」
「死ぬ!出来るか!納得できるか!気持ち良くなれるか!」
「簡単に綺麗になれるのにな」
「これアレか?全身濡らして、本当に水かあれ?まあ洗剤か何かと仮定として汚れを絡めとってから真空状態にして蒸発、そしたらすぐに凍るから払うだけで汚れが取れるって寸法だろ?」
「よく分かったな。まあ、
「金使わないだろ。通販としてもここまで届けるやつ居ないだろ」
2人の戯れにキメラは疑問符を浮かべている。無理もない、水浴びで身体の血と匂いを落とす以外に価値を見出せていないのだから。
「ったく、じゃあ使ってもいい方向はあるか?そこに風呂作るわ」
「いいぞ。あっちの壁方面は使うことないから適当にくり抜いてくれ」
それだけ言うとケンは再び工房の方へ戻っていった。
その場に残されたのは『教祖』とキメラのみ。他の生物が入ってこないこの空間は異様に静まり返っていた。
作っていいかという許可を得たため『教祖』はその壁の前に立つ。
そして、手で印を結んだ瞬間、空間が『くり抜かれた』。
正確に言うと特定範囲の壁及びその奥行きおよそ10mが消滅したのではなく、あったはずの部分が圧縮されたような球体がくり抜かれた空間の中央に位置している。
それが何かはすぐに想像は付く。
一瞬ながら恐ろしいものを見てキメラは戦慄した。散歩をしていた際の魔法もすさまじかったが、一息であらゆる生物、物質をこのように押しつぶすことが出来るということを目の前でやってのけたのだ。
「スペースはこれくらいでいいだろ。あとはデザインだが、シンプルにいいか」
そこから先は、指先を動かすだけで大地を、岩を操作して大きなくぼみを作りつつ表面をタイルの様に加工して敷いていく。
キメラはすぐ理解した。これは外の世界で人間が生活するために必要な空間を作っているのだと。
先ほどの会話からして水浴びのことだろうと考え、確かにここにきてから水浴びはしていなかったとキメラは思った。
白は汚れが目立つ。人間に化けているキメラの肌も白いのでその実感はあった。
だがケンが居る限り安全であり、むしろ今は他のモンスターを喰らい少しでも力を得ることが目的となったため匂いを消す利点もなくなった。
「デザインよし、後は水を張ってから沸かして…………完成っと」
そこには湯気が立ちホカホカの空間。中程度の浴場が完成した。
「ダンジョン風呂、というには些か安全か」
『教祖』は妙な独り言を呟いてキメラの方へ振り向いた。
「入る?」
親指でくいっと後ろの浴槽を指して誘った。
何のためにこれを作ったか。そしてこれに浸かることによって何を得られるのか。
Xの線が入った『教祖』の眼球からは意図は読めない。
「がう!」
「よし分かった。服も脱ぎ捨てといたら用意してくれるだろうからそのままでいいと思う」
『教祖』の言葉を言い終わるとキメラはすぽぽぽんと服を脱ぎ捨てて即座に湯船へと突っ込んでいった。
「あ、走ると危な…………」
ずるべっしゃあああぁぁぁ!
「…………遅かったか」
いつでもどこでも風呂場という場所は転びやすい。足を滑らせ盛大に後ろの方へとすっころび地面に後頭部を打ち付けていた。
その衝撃でタイルが粉砕されたが大した問題ではない。
我慢、面白そうなことが目の前にあっても急ぎ過ぎると思わぬところで大失敗をしてしまう。
湯気が溜まる天井で仰向けになりながらこの経験も次に生かそうとキメラは前向きに考えるのであった。
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