第38話 教祖、散
ここは上空、プライベートジェット機内で優雅に過ごす者が居た。
「こういった時間も悪くない。ワインが一本しかないのが少し寂しいところだが」
座席には煌びやかでありながら装飾には一切の宝石を使っていないという布をふんだんに使い、顔まで布で隠した法衣のようなものを身に纏った者が座っている。
何がおかしいのかというと、この服装に似合う声と所作がたった一人だけの空間でもにじみ出ており高貴なものという雰囲気をマシマシと出しているのだ。
誰もいないのに。
「さて、状況は…………やっぱり」
その姿は法王のようなものでありながらパソコンを適切に操作するという何とも俗っぽい行動をとる。
その姿も堂に入っておりあらゆる行動が威厳になるような輝きを見せていた。
だが、パソコンに映し出されている情報はこの者にとっていいものではなかった。
この者は『純光教』の教祖である。名前もあるのだが、基本的に教祖という役職名で日々を過ごしてる。
ダンジョンが現れてから50年経過した際に突然現れた救世主。『魔法』という魔力を人体に流し身体能力を強化するだけでなく、それを外に出力して無から炎や水、風や土などを発生させる超能力者と言った分類に当たる生物である。
最初はインチキ扱いされていたが、欧西諸国にて単身で多くのダンジョンを討伐しつつ魔力の存在を広めていくうちに本物の救世主として道を切り開いていったのだ。
その信者は150年という歴史が積み重なり数百万にも数が昇る。
万人に向けて『誰かのためと自分のためとなる事をせよ』という名目が受けたのか、ただの善意だけでなく自身の利益になる事もしろという対価を求めたようなものだった。
度が過ぎた事は流石に咎められるが、お布施を払えば教団内での融通を効かせてくれるという対応を見せており、たとえ少額でも『教団内では』働き口を斡旋して人権を得られるのだ。
ダンジョンが発生して混乱がある程度収まるもダンジョンを渡り歩けるという腕っぷしのみが権力を得るという世紀末にならなかったのは教団の活動があってこそと言える。
明らかに隔絶した力を持つ者が人道を説き、守護する者としての姿を見た人間はその者を神かもしれないと思うくらいの神秘性を有していた。
間違いなく現地での救世主ではあるのだが、この者をよく思わない団体が居ないわけが無いのだ。
既存の宗教はもちろん、新たに産まれた新興宗教、特に過激派ともいえる暴力で敵対組織を潰すことを考え続けている。
特に魔法が使えるのがいけなかった。
奇跡に等しい力を行使できる存在が危険視されないわけが無いのだ。
「あそこにここに、うわ、ここ最近できたってところも過激派なのかよ。狙ってそー」
端末で独自のネットワークから情報を引っ張り出しすらすらと読んでいくうちに楽しくなってきた。
だって、『教祖』が運営する『純光教』に多少の裏があるにしても、基本的に善意で活動していても、誰かを救い続けたとしても。
悪意は必ず牙をむく。
ボンッ、という音とガタガタという大きな揺れが突然ジェット機を襲う。
信者の手によって整備されたジェット機だから『教祖』はこの機体に乗り込んだ。整備の不手際による事故は決して起こらないと知っているからだ。
ガタガタと揺れる機体で『教祖』は考えた。これは明確な攻撃だと理解するのに1秒もかからない。
「全く、時と場所を考えて欲しいものだっての!」
音がした方へ寄り窓の外を見ると片翼が大破しており、かろうじてついているエンジンも炎上し役立たずと化していた。
墜落するのも時間の問題。一刻も早く脱出しなければならない状況へ陥ってしまったのだ。
「状況から察するにミサイルの攻撃か?普通の人間が調達できるものではなさそうだから完全に組織ぐるみの計画ってところか」
それなのに『教祖』は大して焦っていない。それもそうだろう、何故ならどれくらいの爆発が起きようとも『魔法』で何とかなるのだから。
それ以上にプライベートジェット機に乗っているのが『教祖』一人ということもある。
そう、『教祖』を除けば無人機と同じような性能を持つジェット機だったのだ。
ただし、いつどこで飛ばされているかを全く知らせておらず、いつ到着するかということを日乃本政府にしか知らしていない。
仮にも権力を持った自覚はあるので情報伝達なしに来日してしまうと混乱が起きるのは明白。それこそ教団の品位に関わるとしてあらかじめ伝えておいたのだ。
だからこそ情報が洩れたは日乃本政府からだという確信を得ていた。
「全く、俺を殺したところで理があるとでもいうのか?全く度し難い」
『教祖』を殺したところで起こることと言えば教団の瓦解。それに伴う報復の連鎖が起きて社会に混乱を巻き起こすことくらいだと思っている。
全くもって無意味と言わざるを得ない。
「さて、さっさとずらかるとするか…………」
未だに大きな揺れを起こしながら高度を落としているというのに『教祖』は余裕を見せていた。
いつでも脱出できるからこそ持っている余裕。自分がどうなろうと知った事ではないという自身の力に確固たる信頼を寄せているのだ。
そう、『教祖』の意に反する者が現れなければ何事もなく済んだだろう。
どす、という衝撃。数舜遅れて熱と痛みが背中に走る。
「どこへ行かれるのですか、教祖様?」
刺されたと理解するのには常人よりも早く理解できた。
後ろに立っているのは見覚えのある女性。ある時に『教祖』がダンジョンをまた一つ潰しに行った際に運よく救助できた探索者の一人であった。
彼女は命の危機を救われたことにより『純光教』へ入信。妄信的に『教祖』を信仰すること数年単位。教団内でそれなりのポジションに着き貢献しているはずだった。
「君が、何故…………なんて陳腐な言葉を聞きたいわけじゃないだろう?」
背後から刺された個所から即座に致命的損傷を受けたと判断した『教祖』は彼女に語り掛ける。
「教祖様、お疲れでしょう?ここで休んでいかれませんか?」
「冗談はよしなさい。状況を分かってて言ってるんでしょうね?」
「はい、もちろん」
女性はにこやかに答えた。例え、相手が後光を指すような威厳を持ち語りかけようとも確固たる意志を持ち答えたのだ。
『教祖』を愛する女として狂気の行動に出たのだ。
ここで困るのが、モンスターの魂を知らずのうちに身体に飛び込み野蛮となった思考でこのような手を取ったわけではない。
本気で悩み、本気で考え、本気で機密となるプライベートジェットに乗り込み共に最期を過ごそうとした恋する乙女なのだ。
つまり、これが素の行動という暴走だった。
「全く、誰かの利となるには分にはいいのですが、これでは本末転倒では?」
「組織の運営も、引継ぎも、この後どうするかは皆と話し合ってます」
「…………具体的に言うと、姉妹と長男ですね?」
「はい」
意外と思われるかもしれないが、『教祖』には子供がいる。母親は分からないが全員が『教祖』の子と名乗っており『教祖』自身も認知している。
否定的な意味で神性を損なうという意見はあるが考えて欲しい。どの神話にも子をなす神は存在する。
どれほど高位な神でも決して純潔ではないのだ。
そして、姉妹と長男は『純光教』を運営するにあたって『教祖』に変わり中枢の管理を一部任されている。
恐らく、彼女の欲を3人が認めて敵対組織の炙り出しと共に『教祖』と心中してよいという許可を出したのだ。
出して、しまったのだ。
「全く困った子だ。後ろから刺されては抱きしめることもできな…………っ!」
また機体が大きく揺れた。それと同時に刺さっている個所も大きくずれて切り裂いてしまう。避けた部分は生命維持に重要な血管や臓器を大きく傷つけて更なる致命傷となる。
超越者ではあるが痛覚は切っていない。そのため膝から崩れ落ちそうになるも激しく揺れ縦になり始めた機体にも負けず立ち続けている。
だが、彼女の方はそうでもなかったようだ。
揺れた時に手を放してしまい、床の向きが変わったことで足を滑らせて背後から前面へと滑り落ちるように来てしまう。
無人とはいえ操縦席は存在しているため、そこへつながる扉にぶつかる前に教祖が落ちそうになる彼女の手を掴む。
背中に刃物が刺さったままでも、床が垂直になろうとも、『教祖』は床に立ち続けていた。
「ここまでして追い詰められていたのは、可能性としてあり得ないとは思っていましたがここまで直情的に来るとは思いもしませんでした」
そして引き寄せて抱きしめた。
「貴方が望むならこうしましょう」
「教祖様…………」
その抱擁はとても優しく、何故か温かみを感じるもので彼女は心の底から安心した。
既に機体は垂直に落ち、あと10秒も満たない時間で墜落するだろう。
死が近くにあろうとも、心のよりどころがここにあれば怖くない。
「ちなみに、どうやって潜んでいたんですか?」
「最近開発された魔力を遮断する布を体に巻いてやり過ごしました」
「なるほど…………
「次?」
その疑問に答える前に機体は墜落した。
『速報です。本日17時、「純光教」教祖が来日しました。空港ではジェット機から降りる教祖の姿が見られ多くの人が押し寄せられています―――――
『続いてのニュースです。華中で所属不明の航空機が墜落したという事件が発生しました。近隣で目撃したモノの証言によりますと、突然爆発して落ちて行ったとのことです』
『この事件で明らかになっているのは身元不明の死者が2名出ているということのみです』
『では、続いてのニュースは―――――
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