第37話 ほしい!
「ほしい!」
「ダメだ、さっき食べただろう」
「ほしいっ!」
「それは知り合いと飲む為に置いてあるやつだ。出すにはまだ早い」
「ぐるるるるっ!」
「唸るな、お前は前に食い尽くしたから渡せるものも少ないんだ」
――けちだねぇ
―飯くらいいいだろうが!
―――僕たちが狩りしに行った方が早いんじゃない?
キメラはキレ散らかした。まだ焼いてすらいないクッキー生地と明らかに美味そうな酒を貰えないことに。
あれからいくらかの昔話の読み聞かせを聞いていくうちにキメラは話に夢中になっていった。
簡潔な話ではあったが、分かりやすく理解しやすい内容かつ人間が化け物を打ち倒したり交尾に至る前日章など色々と興味が湧くものばかりだった。
人間は基本的に弱いと知っていたキメラだったが、物語から目の前の男以外にも鬼の軍勢を獣3匹連れる程度で容易く倒したり、魔法で物質や生物そのものを別のものに変化させ交尾に助力する謎の存在がいることを知った。
単純に地上の人間を喰えばこの男を変えられるという考えは甘いと捨て去った。
他にもこの男のようなヤバい奴が居るのならもっと地力を付けなければならない。
ダンジョンから貰った情報は肝心な所でクソの役にも立たないという事に気づいてしまったのだ。
―何が簡単だあの野郎。こんなのがまだ居る時点で不可能だろうが!
――他の仲間も『転生』送りにされてるだろうね。よく生きてたね私たち
―――逆に言えば細胞一つ残らず確実に消し飛ばす方法がないんじゃ?
―有り得ん。人工の太陽を作り出した奴は出し惜しみがあるはずだ。
今まで目の前の男は真面目にキメラを殺そうとしていたからこその信頼。人工太陽で2回焼かれたことがあるからこその悪い意味での信頼である。
本当はもっと強いはずなのにそれをしない。ダンジョンを攻略出来るはずなのにしていないという不可解な点。
ますます目的が分からない。この一言に尽きる。
だが、この部屋にあるものは便利なものと一週間食料を喰らい尽くして知ることは出来た。
もしかしたら地上もこれくらいの便利なものがあるのか?
食い潰すだけではもったいないのでは?
いつの間にかキメラはそのようなことを考えてきた。
「ほしい!」
「もっと別の言葉を覚えてくれないか?」
「ほしい!」
「分かったから服を引っ張るな」
キメラはこの男をいつか殺すという条件を受けて解放された。だが、即座にダンジョンへと逃げ帰ることはしなかった。
この男の住処ということは分かった。故に油断も多いだろうと、解放された瞬間に喉元へ食らいついた。
今思い返せば簡単に喰らいつけた時点で油断というよりも絶対に死なないという自信があったのだろう。
キメラ自身でも鋭いと思っていた歯で喰らいついても、その皮膚を破れなかったということに気づいた瞬間にぶわっと冷汗があふれ出た。
今まで攻撃をしかけたことは幾万とあったが、まともに攻撃を当てれたのは4度。まだキメラの頭が一つだった頃に鎧をまとった彼に不意打ちした1回。この前に鎧に噛みついた後に叩いて合計2回。そして今回首に噛みついたので1回。
鎧が欠けたことはあっても本体に一度もダメージが入っていないのだ。
驚きすぎて噛みつきから離してしまったが、男は何も気にしていなかった。
そこでようやく理解した。通常の方法ではこの男を攻略することは出来ない。下手に逃げようものならどこまでも追ってくるだろう。
幸運だったことは大して執着が無かったこと。契約を持ち込んだ時点で遊んでいることは分かったが、自分を殺せなんてキメラは聞いたこともない。
望むのならば殺してやろう。自分の手でな!
そうして三日。人の言葉をようやく喋られるようになる。
―「ほしい」、なんだか自分に合う言葉だな
――欲を満たすための魔法の言葉って言ってたもんね
―――これ言うだけでも割と物くれたりするよね
―全くいい言葉だな!
なお、子供が駄々をこねるみたいだと思われていることは知らない。
思ったよりも甘やかしてくれるので気づけば居ついてしまったと言わざるを得ない。快適なのだから変に野生に帰ってしまうのが惜しくなってしまったのだ。
工房とやらへは入らせてもらえないが、そこから持ってこられたトレーニング機器を使った運動やたまに手合わせのような形で戦闘を出来る上に食事まで出る。
好きな時に好きなことを出来るという好待遇を誰が捨てるのだろうか。
「食事の時はおとなしいのに、他の時が騒がしいのはモンスターだからか?」
「むふー」
「口周り汚れてるぞ」
いつの間にか出来上がったクッキーを貪り満足そうな顔をしているが、口周りには食べかすが付いていた。
拭おうとしないあたり、身だしなみはあまり気にしないのだろう。水浴びはしても人間の感性にはまだ遠いようだ。
――しかし、じろじろ見られると落ち着かないね。
―ふん、奴もこちらを観察しているのだ。俺達を殺すための算段をつけているのだろう。
―――なんか違う気がするけどなぁ。
――まあいいさ。それにしても、服ってやつは便利だねぇ。
―――ブルンブルンしなくなったもんね。
―毛皮の代用と思っていたが、確かに出っ張るところを抑えるのには丁度いい。
「何で乳揉んでるんだよ。発情か?」
人間の身体を実感しているキメラに心のない言葉が飛んでくるが、その程度の罵倒に引っかかるほどキメラの心は狭くないのだ。
全裸だとみっともないと言われて布を渡された。男が身に纏っているものと同じらしかったが、つけ方が分からなかったので滅茶苦茶な着方をした。
男からしたら完全に逆かと言わんばかりの、ズボンを上に、Tシャツを下に着たうえで隠さなければならない局部を丸出しにしてしまうというみっともなさの極致ともいえる究極のスタイルを決めてしまったのだ。
その姿を無言で写真に収められたことをキメラは知らない。そもそも端末が何なのかすら分かっていない。
この醜態で生活させるわけにはいかないので手取り足取り教えられて着ることが出来た。
ただし、男とキメラの違いとして胸囲が倍近くの差があったためぱっつぱつとなり、後でヌーブラを作ってもらえたりする。
こうして整った服を用意してもらったため人間の擬態はほぼ完全に成功したのだ。契約様々である。
「クッキーもう無くなったか。これでおやつの時間は終わりだな」
「ぐるるるる…………」
「何故そこでキレる」
だからと言って懐が深いとは言っていない。広く浅く、されど溢れるくらいに欲しがっていく。
だって、こいつは『強欲』のモンスターなのだから。
おやつをもっと食べたかったが打ち切られてしまったのならもっと欲しがるのが世の常であるとキメラは信じている。
「ぐるあぁ!」
欲しければ奪い取る。どれだけの差があろうとも容赦は無い。
そして、あっさり返り討ちにあって地面に頭から埋まり稲穂のような姿になり果てるのであった。
「戦闘力は変わらず…………いや、むしろ劣っている?体の使い方にまだ慣れてないのか」
―聞こえているからな貴様!
頭が埋まっていても全身で音を感じ取れているあたり、人外ということは分かる。その証拠に頭を抜かずにバタバタと暴れても動きに一切の衰えが無い。
裸足でバタバタと足を振り回しているが知らんぷりの男はそのまま部屋から出て行った。
「…………要観察。今のところは押しとどめているが、いつ全てを無視するか分からないな」
端末とは別の小さな機械。それは小型のモニターで先ほどまでいた部屋のすべてを見渡せるものであった。
秘密裏に監視装置を置いておき、探索していてもキメラの行動を常に監視できるようにしておいたのだ。
「近々、奴が来るみたいだしな」
あかねから貰った端末を操作して一つのニュースを見つめる。
『純光教「教祖」、来週に電撃来日か!?』
「いつもの『アレ』、起こさないといいが」
心配はしていないが友人の周りで起こる出来事を予測して憂う表情を見せる。
嵐はもうすぐ起きるということは、
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